第1話 家庭円満の女神とざまぁ

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第1話 家庭円満の女神とざまぁ

「オリビア! ミアへの様々な嫌がらせについては報告を受けている。まさかお前がそのような浅ましい女だとは思わなかったぞ! 俺との婚約破棄をここで宣言し、ミア・グレースを新たな婚約者とする!」  瞳を潤ませた赤毛の女性に抱き着かれた金髪王子が、高らかに婚約破棄を宣言した。  彼の発言により、この場にいる全ての人間の好奇と同情の視線にさらされることとなった一人の黒髪の女性に向かって――  しかし、オリビアと呼ばれた女性の佇まいは、凛として美しかった。  背筋をピンと伸ばし、自分を高い場所から見下す王子たちを真っすぐ見据えると、口元に笑みを浮かべながら王子の名を呼んだ。 「ダニエル様。女神コーラル様に誓って、私はミアを虐めてなどおりませんわ」 「そんな見え透いた嘘で、俺を騙せると思っているのか? よほど王太子妃の座が惜しいのか‼」 「騙すつもりは毛頭ございませんが……しかし、王太子妃の座に未練もございません」 「な、何だと⁉」  オリビアが泣いて縋り付くとでも思っていたのだろう。彼女の返答に、ダニエルが虚を衝かれたように目を見開いた。  そんな彼に向かって、オリビアは楽しそうに言葉を続ける。 「(わたくし)も、婚約者がいながら他の女性に現を抜かす相手と結婚しなければならない事実に、絶望しておりました。喜んで、婚約破棄をお受けいたします」  さらにダニエルの瞳が見開かれた。  そりゃ驚くのも当然よね? 今までオリビアは、あなたに従順で素直な女性だったんだもの。  しかし、 「ダニエル様! これで、あなた様と結ばれることが出来ます! ミア……嬉しゅうございます……」 「あ、ああ、そ、そうだな! 俺も嬉しいよ、ミア……」  彼の思考は、隣にいるミアと呼ばれた令嬢(ビッチ)の甲高い声によって、今に引き戻されたようだ。  取り繕うように笑みを浮かべると、ミアの手を取って見つめ合った。  そんな中、 「まあ、これを見てもまだ、その女性を妻にするおつもりでしたらね?」  笑いを含んだ言葉とともに、人々の頭上に大量の紙が降り注いだのだ。  そこに書かれていたのは、ミアが今まで隠れて犯していた罪の数々。手に取り読んだ人々が、ザワザワと騒ぎ出す。もちろんその紙は、ダニエルの手にも握られていた。  つい先ほど妻にすると宣言した女の本性を知った王子は、口を半開きにしたまま動かない。  そんな彼の手から告発文書を引ったくったミアは、ビリビリに破り捨てながら、ダニエルに縋り付く。 「これは、嘘です! 真っ赤な嘘です‼ 信じないでください‼」 「し、しかし、創作にしては、一部の者しか知らない事実が書かれていて……あまりにも現実的というか……そ、それにこの内容は、君にしか話していないはずだ‼」 「有り得ません! だって証拠は決して残していないは……」  そこまで言って、ミアははっと口を閉ざした。  彼女が言いかけた言葉、そして態度によって、降り注いだ告発文書の内容が本物であることを、王子だけでなくこの場にいる皆が気づく。  騒然とする会場の中、たった一人静かに佇むのは、オリビア。足下に落ちた告発文書を拾い上げると、高らかに声をあげる。 「本物ですよ。私が冤罪をかけられて断罪されることを予見された女神コーラル様が、私に与えてくださった情報なのですから」 「こ、コーラルって、あの家庭円満の女神の……」  再び周囲がざわついた。  ダニエルも、さすがに女神から齎された情報だと聞かされ、信じざるをえなくなったのだろう。 「ミア! こ、こんなことをして……俺を裏切ったのか‼」  と、ついさっきまで熱い視線を向けていた相手を責めている。  オリビアはそんな彼を一瞥すると、残念そうに呟いた。 「ダニエル様に、ミアを責める資格はございませんよ。あなた様だって国を守る立場でありながら、ベッドの上でミアに国の重要機密をお話になりましたよね?」 「あっ……」 「そのせいで、国王であるお父君にどれだけご迷惑をかけ、この国に不利益をもたらしたか分かっておりますか?」 「そ、そんな……だって俺はミアを信じていて……」 「かと言って、国の重要機密をペラペラ喋っても良い理由にはなりません。さらに、あなた様が私を裏切ったことで、我が家は王家への多額の援助を取りやめることとなりました。しかし国王様は、第二王子であるルーカス様を王太子とし、私の婚約者とすることで、今回の件の償いをなされたのです。この意味……お分かりになりますよね?」  そう語るオリビアの傍にやってきたのは、ダニエルの弟であるルーカス。兄と違って、見た目からして誠実そうな男性だ。  彼はオリビアの肩をそっと抱き寄せると、魚のように口をパクパクさせるだけの兄に向かって微笑んだ。 「ありがとうございます、お兄様。あなたの目が節穴だったおかげで、私は最高の女性を手に入れることができました。この国のことは私に任せ、お兄様は隣の女性とともに、罪人として罪を償ってください」 「い、いやだぁぁぁぁ!」  ダニエルの絶叫が響く中、オリビアは、新たな婚約者の手を繋ぎ、彼の優しい眼差しに微笑みを返しながら、心の中で呟いた。 "家庭円満の女神コーラル様。全てを知っていても証拠がなく、泣き寝入りするしかないと諦めていた私を導き、こうして元婚約者とその相手に復讐できたことを、心より感謝申し上げます"  私への強い信仰心によって伝わってきたオリビアの心の声を聞き、人間界の映像を投影できる神器――クリスタルの画面で全てを見ていた私は、ニヤリと笑いながら答えた。 「いいえ、どういたしまして」  * 「コーラル・イルミナ様」  不意に名前を呼ばれ、私は画面から目を逸らし、正面を見た。そこには、金髪をフワッと巻いたゆるふわな雰囲気を纏っている女性が立っていた。  彼女は、パルナ・ドニアート。  私の補佐を務めてくれている、優秀な後輩だ。いずれは彼女も、新しく新設された女神の任に就き、多くの人々を導いていく存在になるだろう。  パルナは私の横に来ると、画面を覗き込み、軽くため息を一つついた。 「はぁ……また不貞を働いた人間の【ざまぁ】に協力したのですか?」 「まあね」 「コーラル様は、家庭円満の女神ですよね? それなのに、そんな復讐みたいな行為に手を貸していて大丈夫なのでしょうか?」 「別にいいんじゃない? ざまぁの手助けをし出してから、私への信仰は増えているし」 「そうかもしれませんけど……」  泣き崩れる王子とビッチ令嬢が兵士たちに引っ立てられる姿を、薄笑いを浮かべながら見ている私に、パルナはどこか不安そうに呟く。  私は天界に住まい、人々を導く神々の一人――家庭円満を司る女神という任についている。  文字通り、人間たちの夫婦や親子関係など、家庭に関する秩序を守り、加護を与えるのが私の役目だ。それに派生して、恋人たちも守ったりしている。  本当は、恋人たちに関しては別の女神の担当だったりするけれど、その恋人のどちらかが私の信者だったりすると、私も面倒を見たりするので、そのあたりの線引きはあいまいだ。  家庭円満の女神は、代々、我がイルミナ家の長女が受け継いでいる。  イルミナ家にとって、家庭円満の女神という任は誇り。だから私も、代々の家庭円満の女神の名を穢さぬよう、日々懸命に勤めていた――んだけど…… 「……だって、不貞を働く奴が許せないんだもん」  私は、幸せな結婚をしたオリビアの姿を見ながら、ギュッと手を握り締めた。    私が、不貞をした相手へのざまぁに手を貸すようになったのは、半年前、彼氏――勝利を司る男神ディラック・ヘイスに別れを告げられてからだ。  彼とは結婚も考えていて、家庭円満の女神の威信にかけて、懸命に彼をサポートしていた。その甲斐もあってか、ディラックの成績も伸び、他の神々から一目置かれる存在にまで成長した。  しかし、次第にディラックと会う時間が減っていった。  そして最終的には、 『俺、他に好きな女ができたんだ。滅茶苦茶綺麗な子でさ。お前と違って守ってやりたくなるタイプなんだよなー。コーラル、お前は気が強いし、一人でも平気だろ? だから、別れてくれ』  という感じで、呆気なく私たちは終わった。  後にディラックは、私と会う時間を減らし、代わりに別の女性と逢瀬を重ねていたことが判明した。  つまり、奴は二股をかけていたのだ。  それからだ。  私が、不貞をする人間へのざまぁの手助けをするようになったのは。  不貞をして相手を傷つけているのに、お咎めがないのが許せなかった。  不貞をされた相手が、泣き寝入りをすることに怒りが抑えられなかった。  だから今日も可哀想な令嬢を救って幸せに導き、不貞を犯した奴等を地獄の底に突き落としてやった。可哀想とも何とも思わない。  ふと顔をあげると、クリスタルの画面に私の顔が写っていた。  二重だけどそこまでパッチリしていない青い瞳。今は真っ直ぐだけど、ここまで真っ直ぐするのに時間と手間がかかってしまう、長い茶色の髪。  二十六歳にしては童顔なのがコンプレックスだし、中肉中背の体つきも、もう少し痩せれたらなと思う。  今でも、どうしてディラックに捨てられたのか、私の一体何が悪かったのかと考える。  この見た目が駄目だった?  それとも尽くす私が重かった?  ――分からない。  とにかく、私がディラックに裏切られて悲しい思いをした分、他の被害者たちは存分に復讐をし、スッキリした気持ちで次の恋や結婚に行って欲しい。  それのどこが悪いことなの?  だからパルナが何を心配しているのか、全く分からなかった。  そう。  突然、この天界を治めている六人の最高神たちの会議に呼び出され、死を司る男神ゼーレ様より、 「そんなに浮気した人間にざまぁしたければ、今度新設する予定の【ざまぁの女神】になって貰いたいんだが、どうだろう?」  と打診されるまでは――
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