第3話 忍陵町商店街「旅するアヒルパン」

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「これ以上パンの種類を増やしたって、結局売れ残るんだって」 店に戻り、売れ残りのパンの山を前に吐いたため息が、店内に虚しく響き渡る。   どうすんのよ、これ。   今日来てくれたのは、常連となった風早さんと、物珍しさで来てくれたであろうおば様グループが一組。 先月から定期的に来てくれる高齢夫婦と、初めての若い女性がひとり。 あとは、リフォームに携わってくれた従業員を連れて明石さんが来たくらい。 いくらなんでもオープンから二ヶ月以上も経った頃であれば客足も安定するものだと思っていただけに、落胆の色は隠せない。   こんなはずじゃ無かったんだけどなあ。   薄暗くなった商店街に街灯のオレンジ色が灯り始める。 「それにしても」   今日は湿度が高い。 昨日から梅雨入りしたらしく、テレビの週間予報では今夜から四日間にずらりと傘マークが並んでいた。   少しは涼しくなったかなぁ。   本当は外観にも合わないゴミ箱なんて撤去したいのに、と無意識に頬が膨らんで口が尖る。 新しい物に買い換えようとしたのに、明石さんに反対されてしまった。 「親父さんは置いといてくれって言ってたじゃねえか」 うっかり話したのが間違いだった。 自分の店なのだから、黙って変えておけばよかったのだ。 「親孝行のためでもあるんだろう」 真っ黒に日焼けした明石さんの、迫力ある物言いに完敗だった。 あーあ。掃除しよ。 まるで拗ねた子供だとは自覚しつつも、やっぱり気乗りはしなかった。   玄関を出ると、むわっと雨の匂いが鼻を衝いた。 アスファルトに黒い染みがぽたりと落ちる。 「げっ」   顔を上げると、右頬にもぽつり。ぽつり、ぽつり。 ぼたぼた、と瞬く間に雨が地面を黒く塗りつぶしていく。 「もーっ」 腹の底から出た声は、雨音に掻き消された。
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