第1話 ほたるの決意

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私にとって鯨さんは親しいパン屋のお婆ちゃんというだけでは無い。 母がいない私の母親参観にも出席してくれていたのが、鯨さんなのだ。 「おい、ほたる!本当のお母さんじゃないだろ。俺、知ってるし。あの人、パン屋の婆ちゃんじゃん」 授業中にも関わらず、鯨さんを指さして茶化す同級生に 「血だけが親子なわけあるもんか。わたしゃ、この子を娘とも孫とも思ってる。周りが何言おうが関係無い。それに手紙には祖母は来るなとは書いてなかったじゃないか」   教室に響き渡る大声で、胸を張って豪語していた。 「ほたるちゃんは、くだらない言葉に惑わされる子じゃないよ。無意味なおふざけは自分の価値を下げるだけだ」   着物姿の、凛とした鯨さんの有無を言わさぬ勢いに、誰もそれ以上の事を言うことは無かった。   時に厳しいけれど、その言葉の端々には優しさの欠片がある。 だからこそ、鯨さんの事を私も母親の様に慕っていたし、彼女の信念に少なからず影響されている。 とはいえ、鯨さんほど、死ぬまでひとつの事を続けるというには、まだ至らないけれど。 「ほたるちゃん。ブリオッシュ、いけるかい」 「はいっ」 ウインナーロールを二次発酵に移し、ブリオッシュに卵黄を塗っていく。 忙しくても丁寧に。ひとつひとつを大切に。 鯨さんの教えを常に心の中で復唱しながら、作業を進めた。  
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