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店のシャッターを開ける午前八時。
くじらベーカリーの看板を出し、店頭にトレイとトングをセットする。
厨房へ焼きあがったパンを取りに行き、それぞれの棚に並べていく。
大変だけど、こうしている毎日が、着実に私の目標へと続いているのだ。
そう思うと声も自然と明るいものになる。
「おはようございます」
くじらベーカリーではお客さんを迎える時は「いらっしゃいませ」ではなく、「おはようございます」や「こんにちは」だ。
「おはよう」
店の奥から暖簾を手で避けながら鯨さんが顔を出すと、お客さんもほっとしたように「おはよう、今日も元気そうで」と話が弾むこともある。
中華料理店の三軒隣のこの店だ。
パンを買いに来る客の中にも、見慣れた人がちらほらいる。
「あら、朝比奈さんところの」
「ほたるちゃんじゃないか。大きくなったね」
「すっかりくじらベーカリーの看板娘だね」
そう言ってくれる人もいれば
「お父さんの中華料理屋は継がないの?」
「お父さんね。あの店、ほたるちゃんを育てるために頑張ってたんだよ」
悪気無く――恐らく、父の店が無くなったのが寂しくて。
そして、父を気遣って言ってくれているのだろう。
だが、そういった言葉は、時として私の心に「後悔」という棘となって突き刺さる。
そんなお客さんたちに、私は変わらない笑顔を返すしかなかった。
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