第1話 ほたるの決意

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「タケちゃ――お父ちゃんの事だけど」 鯨さんは申し訳なさそうに唇を噛んだ。 「大丈夫。お父さんが言いたくないなら、私も詮索はしないから」   そう言って、夕暮れの商店街を歩いた。    熟した濃厚な柿色が空を染め上げ、緩やかに蛇行する商店街の通りの向こうから、きんと冷たい風が吹き抜ける。 総菜屋だろう。甘辛い、煮物のような匂いがする。   今日一日で心に刺さった棘を、一本づつ抜いていくイメージを思い浮かべた。     想像でしか無いのに、抜くたびに心がちくりと痛む。 「苦労かけたんだから、親孝行しなよ」   最後の言葉の棘は、思いのほか太かった。 その言葉は、父の同級生のおじさんからだ。 十年前に離婚し、この町に戻って以来、父の店にご飯を食べに来ていた人だ。   全てを抜き終え、背負ったリュックの肩ベルトを握って気を取り直す。 これで良いんだ。これから、やり直せばいい。   数日前。父の部屋を掃除をしている時に見つけた封筒が脳裏に浮かんだ。 隣町にある、テレビでも紹介されるような有名な総合病院の封筒だった。   そのなかの書類で、父が病に侵されていることを知った。   成人式の日。父が言いかけていた事は、この件だったのだろうか。
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