第1話 ほたるの決意

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探りを入れるため、父の部屋を掃除したことを伝えてみたが、病気の事は話してこなかった。 ならば鯨さんは何か知っているだろうかと聞いてみた。 だが鯨さんですら教えてはくれなかった。 「ごめんね。私からは言わないでくれってね……」   父と顔を合わせると必ず悪態を吐き合う仲の鯨さんですら、こんな顔をするのだ。   夕空を見上げて、ゆっくりと深呼吸をした。 空は高く、昔と変わらない色をしている。 だけど、時間は確実に過ぎていて、その過ぎた時間は二度と戻らない。 「頑張らないと」   失った時間がもう戻らなくても、これから取り戻すことはできる。   パン屋を始めるというのは、正直どこか軽い気持ちだった。 父と会話をする事すら避けてきたこれまでの親子関係に終止符を打つきっかけにしたい。 親孝行しようと思った時に親はなし――そんな言葉を職場で耳にして思い立ったというのが大きい。   だが、父の病気を知ったいま、その気持ちはより強いものになっていた。   当たり前の毎日がいつまでも続くことは無いのだという事を、私は二十歳になって初めて気が付いたのだった。
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