第2話 桜舞う、ご神木の下で。

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第2話 桜舞う、ご神木の下で。

「食パンの様子、見てくれる?」   鯨さんはそう言って、総菜パンの並んだ天板に手を伸ばした。 「オーブンには私が入れますって。鯨さんはちゃんと休んでてください」 「あぁ、もう……悪いねぇ」 「怪我は安静にしていないと治りませんよ。元気になって貰わないと、私も困るんですから」   右腕を包帯で吊るした鯨さんを、厨房の奥から繋がる自宅へと押し戻した。 先日、まさにこの厨房と自宅を繋ぐ境目の段差で躓いたのだ。 早朝に出勤すると鯨さんのうめき声が聞こえて、血の気が引いたものだ。 頭を打ったかもと心配したが、右腕にひびが入っただけで済んでいたらしい。不幸中の幸いだった。   鯨さんは店を休もうとしていたが、私に任せて欲しいと申し出た。 鯨さんほど要領よく動けるわけではないが、暫くのあいだだけ数量限定で販売すれば営業は続けられる。   総菜パンをオーブンにセットし、一次発酵中の食パン生地の入ったケースを棚から引き出し、確認する。 暖かい日も増えたこの時期は、生地の発酵時間も早まる。 うっかり時間だけを当てにしていると過発酵で生地を駄目にしてしまうのだ。
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