第1話 ほたるの決意

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第1話 ほたるの決意

「……は?」   普段から表情に乏しい父が、あからさまに眉をひそめた。 何を言ってるんだ――そんな言葉が、あんぐりと口の開いた様から読み取れる。 まさしくこれが呆気に取られるということだろう。   中学二年の秋から始まった反抗期以来、ろくに会話も無かった娘からの突拍子もない頼みだ。 いや、頼みと言うよりも断言に近い。 それほどまでに、私の思いは揺るぎ無い。   成人式帰りの晴れ着に身を包んだ私の視線は、まっすぐ父に向いている。   六五歳の灰色の三分刈りの向こうには、再会にはしゃぐ同級生たちの背中が遠のくのが見えた。 大通りを吹き抜けた冷たい風が紅色の振袖を揺らす、一月の午後のこと。 「お父さんと一緒に旅がしたいの」   同じ言葉を繰り返す娘に、聞き間違いでない事を確信した父が、更に眉間の皺を深めた。 「旅行か。今年のゴールデンウィークは休めるのか。製造業は人手も足りてないところじゃ難しいんだろう」   横断歩道の信号が青に変わったのを知らせる音に、父は肩をすくめて歩き出した。 「旅行じゃないの。お父さんと店を始める」  
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