第2話 桜舞う、ご神木の下で。

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蝉時雨が、ぎらつく陽光と共に地上に降り注ぐ、八月の初旬。 沸き立つ夏雲が、忍陵町を取り囲むように帯を成していた。 「ちょっと……あぁ、こりゃ駄目だ。高圧洗浄機って持って来てたよなー?」  台所を見て回っていた明石さんが、軽トラから荷物を下ろしていた従業員を大声で呼ぶのが聞こえる。   私はその声を背に、建物の裏にある水道で換気扇の掃除をしていた。 父も手入れはしてきたとはいえ、四十年の油はびっしりと固着して取れない。 私の手にまで油が纏わり付き、水を弾く始末だ。 「ちょっとほたるちゃん、あれやってきて」   裏口から突然現れた明石さんの顔が「早く」と表の方へと視線を流す。 「えっ――」 「えって何。経費抑えるために何でもやるんでしょ。外のマンホール開けて、排水桝の掃除。このままじゃリフォームどころじゃないよ」 「わかりました」   明石さんに追い払われるようにして、表へと急いだ。   リフォームどころか、掃除がとにかく大変だった。 使えるものは前のものを使いたい。 そう思うと、換気扇ひとつをとっても丁寧に掃除しなければならなくなる。 「ほたる」 「お父さん、どうしたの」   高圧洗浄を終え、汗だくで立ち尽くしていた私に声をかけてきた父の手には、商店街にあるスーパーの袋がぶら下がっていた。 「差し入れ」 言いながら、スポーツドリンクを差し出した。
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