第1話 ほたるの決意

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コインパーキングの精算機にお金を入れた父の手が止まった。 「店? ほたるが中華料理をするのか」   まぁ、そう思うよね。 予想通りの反応ではあったが、予想以上の食いつき方に思わずこちらがたじろいだ。 父の顔が迫って来て、私は一歩後退りながら頭を振った。 中学の頃の私なら「きも」とでも吐き捨てているところだろう。 「違うよ。中華料理はお父さんに適わないし。お店も閉めて五年でしょ。中華鍋も振るえないって言ってたじゃん」   言いながら父の左手に視線を落とした。 かれこれ四十年――ここ、忍陵町(にんりょうちょう)の中華料理屋として働いてきた父の手首は、重い物を持ったり、振る動作は酷く痛むのだと言う。    還暦までは頑張ったが、その後、常連客に惜しまれながら店を閉めたのが五年前の話だ。   それでも店だけは手放さなかった。 錆びれたシャッター商店街のなかにあるすすけた店だ。 満席とはいかずとも客足の絶えなかったその店に、毎朝通って掃除をしているのを私は知っている。 父は散歩だと誤魔化すので気付いていないふりはしているけれど。 「私はパン屋がやりたいの」 「パンって……ほたるが焼いたアレか」 アレと言っているのは、今朝食べた食パンの事だ。 口をへの字にしながら車へと歩き出す父の背中を、小走りで追いかけた。
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