第3話 忍陵町商店街「旅するアヒルパン」

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元は父がやっていた中華料理屋だ。 娘の私が店を始めるとなれば、きっとこれまでの常連客が様子を見に来てくれるだろう。 そうすればお客さんにも困らないはず。 順調にスタートが切れる――そう思っていた私は浅はかだったと思い知らされるまでに、そう時間は掛からなかった。 「あー……暇」 暇すぎて、通常は置いていないレジカウンターの下に椅子まで持って来てしまった。 しかもそこに脱力したまま、カウンターに顎を乗せて暇だ暇だと呟いてしまうほどに暇だった。   窓越しに見える商店街には通勤の人たちが駅へと流れていくのが見えるのに、誰一人ドアを開けてはくれない。 中には見知った顔もあると言うのに、ちらりと横目で見る事はあっても、入っては来てくれない。   世の中、そう甘くは無いということらしい。 「あのゴミ箱、やっぱり汚いなぁ」   窓越しに見えるゴミ箱の後姿がやたらと黒ずんでいて汚らしい。 あれのせいでお客さんも来ないんじゃないの? そんな八つ当たりまでしてしまうくらいに、私の心は荒んでいるようだ。 せっかく店は綺麗にしたというのに、あそこだけ元の油まみれの中華料理屋の名残が残ってしまっている。   店には合わない。合わないが、それでも商店街としては置いておいた方が良いという事は、ここから見ているだけでもわかる。
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