第3話 忍陵町商店街「旅するアヒルパン」

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「店はどうだ」 「なによ。今日、こっそり様子見に来てたくせに」 「たまたま鯨ばあさんの所に用があっただけだ」 「へぇ」   朝ごはんのパンは私が作っている。 作る時間が無い時は父がくじらベーカリーに買いに行く事もあるが、今はまだ冷凍庫に食パンがある。 それ以外で父が鯨さんの店に行く用事なんて、これまで聞いたことが無い。   顔を合わせれば互いに文句ばかりだ。 この町で育った父を昔から知っている鯨さんからすれば、父はいつまでたっても子供なのだと言う。  彼女にとって、父は六十を過ぎても子供なのだ。 頑固者だの、じじいになっても素直じゃないだの言っては、父は口うるさい老いぼれがと罵っていた。 「楽しいか」 「ふん」 ふんってどんな相槌だ。 店は上手くいっていない。なので楽しいわけが無い。 だが、正直に言うのも癪なので、否定も肯定も出来ずに、そんな曖昧でへんてこりんな返事をするしか無かった。   お客さんが来てない事、知ってるくせに。   心の中で独り言ち、豆腐ハンバーグを箸で切って頬張った。 大根おろしの染みたポン酢と、青紫蘇の風味が口いっぱいに広がる。 あっさりした豆腐ハンバーグがほろりと舌の上で崩れた。   喧嘩には発展させたくない。   余計な事を口走らないよう、黙々と料理で口をいっぱいにした。 「キッチンカーはどうなってるんだ」 「ん、探してるけど。なかなか」   そもそもキッチンカー自体も値段が張る。 レンタルという手も考えたが、今の収入はもちろん、開業資金で浮いたお金を使っても、そう長くは維持できない。 新車なんてとても手が出ないし、自作という手を取る人もいるそうだが、流石に私にはそこまでの知識も無い。 「中古の販売サイトで探してるとこ」 「そうか」 父もハンバーグに続いて白ご飯を大きな口に放り込み、横目でちらりとテレビを見遣る。
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