第3話 忍陵町商店街「旅するアヒルパン」

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今日の天気は穏やかで、過ごしやすい一日でしたね。明日も全国的に、麗らかな陽気に包まれるでしょう――私とは正反対な、桜色のワンピース姿の清楚なお天気お姉さんが微笑んでいた。 あんなに綺麗な人なら、好きな人にも堂々としていられるのだろうか。 ふと、箸を持つ自分の肉厚な手の甲が視界に入って、食事の手が止まった。   店を始めるにあたって、鯨さんの店と同じパンを作るわけにはいかない。   自分なりのパンを作るために重ねた試食のせいだろうか。 随分と二の腕も逞しくなった気がする。 何ならお腹も……あぁ、嫌だ嫌だ。 毎朝ポニーテールを作るために立つ鏡の前で、顔がひと周り丸くなったような気はしていたのだが。 見て見ぬふりをしてきたことは否めない。 「鯨ばあさん、六月には店を畳むんだと」 口にぱんぱんに詰まっていた料理を吹き出しそうになって、慌てて口元を手のひらで押さえた。 「畳む?辞めるってこと?嘘でしょ」   父は「本当だ」と目も合わせないまま味噌汁を一気に飲み干し、食器を重ねて立ち上がった。
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