第3話 忍陵町商店街「旅するアヒルパン」

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「もうちょっとパンの種類を増やした方が良いんじゃないかい」   商品棚に残った値札プレートを回収し終えた鯨さんが、今度は「よいしょ」と看板を店内に引き摺り入れる。 大きな窓から差し込む夕照が、店の床にマンゴー色の陽だまりを落としていた。 「うちの常連さんが言ってたよ。広い棚に数種類しか並んでないって言うじゃないか。何かこだわりでもあるの?」 「いや、私の店の話じゃなくて――」   鯨さんが店を畳む。 二ヶ月前にその話を聞いて、閉店後に鯨さんを訪ねて来たというのに、さっきからずっとこの調子だ。 「この店の話は良いんだよ。もう何回も言ったでしょうに。決まったことなの」 「じゃあもう本当に今日限りで……」   肩を落とす私の事なんて意にも介さない様子で「そうだよぉ」と、今度はレジのお金を数え始めた。 「そう言えば、店の前のアレ、時々掃除はしてる?」 「アレ?」   首を傾げる私に、鯨さんが掛けていた老眼鏡を指先でずらして上目づかいに眉をひそめた。
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