第1話 ほたるの決意

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そうだ。私が旅をしたいだ店を始めるだと言う前に、父は何かを言おうとしていたのだ。 実際には、言葉を選んで悩んでいる、という雰囲気だったのだが。 「いや。何でもない」   言いながらゆっくりとため息を吐いた。   私はそんな父の横顔を見ながら「ふうん」と胸に掛かるシートベルトを握った。 気にはなるが、一度決めたら頑固な人だ。口を割るとは思えない。 問い詰めたら私も引くに引けなくなるだろう。 そこから口論に発展するのは避けたい。 「ところで――」   くじらベーカリー、父の元中華料理店前と商店街を抜け、自宅へと続く小道に入り、車は減速していく。 「さっきの旅に出るってどういう意味だ」 「キッチンカーだよ」 「きっちんかー?」   父の動揺の色が声に顕著に表れて、私は我慢できずに吹き出してしまう。 「普段は私がお店で販売して、週末はお父さんとキッチンカーで売りに行くの。もちろん許可は必要だけど、色んな所に行けば宣伝になるでしょ」   旅行も兼ねて、と付け加えた。   自宅の庭に車をバックで入れた父は、ステアリングを握ったまま、片手で顎を撫でた。 暫くの思案の末 「ほたるの頑張り次第だな」   片方の口角を上げ、薄く笑って車を降りた。 「よっしゃ」 車から飛び降りて、ガッツポーズを天に突き上げた。   一月の白い日射しも、屋根の上で鳴くカラスさえも、私を応援してくれているんじゃないか。 この先なにもかも上手くいく。   そんな風に楽観的に都合良く考えてしまうのも、私の良い所――なのかもしれない。
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