第1話 ほたるの決意

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「ほら、もっとぱっぱぱっぱと手を動かさんね。のんびりやってたら発酵が進むよ」   作業台でウインナーロールの成形に手間取る私の背後を、猫もびっくりな酷い猫背の鯨さんが横切る。 「そっちのクロワッサンはもうベンチタイムが済むね」   食パン生地の入った型を予熱したオーブンに入れながらそう言うと同時に、冷蔵庫に貼り付けたタイマーが厨房に鳴り響いた。 これだけ沢山の種類の生地を相手にしながら、ひとつひとつの生地に対する時間経過が頭に入っているみたいだ。 鯨さんはタイマーより早く、正確に厨房内を動く。 ほぼ四五度に曲がった背中で機敏に動く体力と気力は、とても九十一歳には見えない。 「も、もうすぐです」 「クロワッサンは私がやるから。ほたるちゃんはそれ二次発酵させて。済んだらブリオッシュに溶き卵を塗って焼きに入ってちょうだい」 「わかりました」 ウインナーロールの成形はあと五つだ。 もうひとつタイマーが鳴り、一次発酵中のカレーパンの生地のケースを取り出す。
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