異世界転生冒険者と怪しい黒色の薬

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 * * *  忙しいけれども、出勤前に「これ」を飲むのは欠かさない。  気分が落ち着く上に、目も覚めるからでした。  しかし出勤した先、会社には落ち着く隙も無く、業務が悪夢のように次から次に舞い込んできます。  理不尽なことで怒られることは頻繁にあり、無理を押し付けられるからこそ、無理をして体調不良。すると「自己管理がなっていない」とまた怒られる……。  忙しくて、辛い日々。  やっと時間ができたのなら、自販機で「あれ」を買って一休み。  成功なんてしていない、主観的には失敗の人生。  でも。  時には好きな音楽に酔いしれ、好きな小説、漫画を読むことができた。  どうにか予定を合わせて、友人と出掛けることもあった。  転生して別人になったからこそ気付くことができる――案外、悪くなかったのかもしれない、と。  何より、いまと比べて安全ではありました。命を懸けて魔物と戦うわけではないのですから。  それでも毎日、死に物狂いで頑張っていたな、と思います。  それは、いまでも。  いまでも、頑張ってはいる。  何者にもなれていないけど、何かを成そうと、頑張っている――。  * * *  真っ黒な薬を飲んで少しして、まるで深い眠りから目を覚ましたかのように、冒険者は口にしました。 「この街の人に、この薬の味はあわないよ」 「そうかい?」 「だってこの街の人、みんな甘いものが好きだからね」  自分が転生者であると自覚して以来、冒険者には、この世界この街についていくつか気付いたことがありました。その一つが、この街、この地域の人間はみんな甘いものが好きだということです。野菜の苦みはもはや毒、前世では「ピリ辛」だったものはこの世界では「激辛」です。  だから、こんなにも苦いもの、受け入れられるわけがありませんし、お腹を壊す者がいてもおかしくないのです――前世の世界でも「苦すぎる」と言う人はいました。 「砂糖を入れなよ。あと、常温よりは、冷やすか温めるか、どっちかにした方がいい。そもそも……ポーションとして売るのが間違ってるかも。例えばカフェとかで、紅茶と一緒にメニューに並べるべきだね」  冒険者は報告内容を考えていました。  まとめてしまえばそれば簡単――苦すぎただけ。あとは、人にあう食べ物、あわない食べ物があるように、合わない人が体調不良を起こしていた可能性あり。これだけです。 「ごちそうさま、ぬるかったけど、おいしかったよ」  そう、冒険者が店を出ようとすると、 「ほ、本当に? おいしかったって? みんな、あんたの言う通り……苦いって言うんだよ。目が覚める薬なんだけどね。あとお腹壊す人もいるし……」 「……カフェインでお腹を壊す人がいるって聞いたことがあるなあ」 「カフェ……?」 「あっ……えーと、飲みやすくするなら、牛乳を入れたほうがいいよ。砂糖と牛乳。これでおいしくなるはずだよ」  自分はブラック派だったけど。  その言葉は呑み込んで、冒険者はその店……前世ならきっとコーヒー店と呼ばれたであろう店を後にしました。  少し、元気になれたような気がしました。まだまだ頑張れる、そう思い、冒険者ギルドへ戻っていきました。 【終】
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