3人が本棚に入れています
本棚に追加
* * *
忙しいけれども、出勤前に「これ」を飲むのは欠かさない。
気分が落ち着く上に、目も覚めるからでした。
しかし出勤した先、会社には落ち着く隙も無く、業務が悪夢のように次から次に舞い込んできます。
理不尽なことで怒られることは頻繁にあり、無理を押し付けられるからこそ、無理をして体調不良。すると「自己管理がなっていない」とまた怒られる……。
忙しくて、辛い日々。
やっと時間ができたのなら、自販機で「あれ」を買って一休み。
成功なんてしていない、主観的には失敗の人生。
でも。
時には好きな音楽に酔いしれ、好きな小説、漫画を読むことができた。
どうにか予定を合わせて、友人と出掛けることもあった。
転生して別人になったからこそ気付くことができる――案外、悪くなかったのかもしれない、と。
何より、いまと比べて安全ではありました。命を懸けて魔物と戦うわけではないのですから。
それでも毎日、死に物狂いで頑張っていたな、と思います。
それは、いまでも。
いまでも、頑張ってはいる。
何者にもなれていないけど、何かを成そうと、頑張っている――。
* * *
真っ黒な薬を飲んで少しして、まるで深い眠りから目を覚ましたかのように、冒険者は口にしました。
「この街の人に、この薬の味はあわないよ」
「そうかい?」
「だってこの街の人、みんな甘いものが好きだからね」
自分が転生者であると自覚して以来、冒険者には、この世界この街についていくつか気付いたことがありました。その一つが、この街、この地域の人間はみんな甘いものが好きだということです。野菜の苦みはもはや毒、前世では「ピリ辛」だったものはこの世界では「激辛」です。
だから、こんなにも苦いもの、受け入れられるわけがありませんし、お腹を壊す者がいてもおかしくないのです――前世の世界でも「苦すぎる」と言う人はいました。
「砂糖を入れなよ。あと、常温よりは、冷やすか温めるか、どっちかにした方がいい。そもそも……ポーションとして売るのが間違ってるかも。例えばカフェとかで、紅茶と一緒にメニューに並べるべきだね」
冒険者は報告内容を考えていました。
まとめてしまえばそれば簡単――苦すぎただけ。あとは、人にあう食べ物、あわない食べ物があるように、合わない人が体調不良を起こしていた可能性あり。これだけです。
「ごちそうさま、ぬるかったけど、おいしかったよ」
そう、冒険者が店を出ようとすると、
「ほ、本当に? おいしかったって? みんな、あんたの言う通り……苦いって言うんだよ。目が覚める薬なんだけどね。あとお腹壊す人もいるし……」
「……カフェインでお腹を壊す人がいるって聞いたことがあるなあ」
「カフェ……?」
「あっ……えーと、飲みやすくするなら、牛乳を入れたほうがいいよ。砂糖と牛乳。これでおいしくなるはずだよ」
自分はブラック派だったけど。
その言葉は呑み込んで、冒険者はその店……前世ならきっとコーヒー店と呼ばれたであろう店を後にしました。
少し、元気になれたような気がしました。まだまだ頑張れる、そう思い、冒険者ギルドへ戻っていきました。
【終】
最初のコメントを投稿しよう!