クローディアに捧ぐ

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 クローディアは森の奥に、男の人と二人で暮らしている、と言いました。私とクローディアはそれ以来、夏の間だけ、たびたび森の奥で密会するようになりました。  幼かった私は、「影」について詳しくは知りませんでしたが、おそらく「影」と友人のように関わることを、父や母は良しとしないだろうということは、なんとなくわかっていました。  しかし、それでも私はクローディアとの秘密の会合を重ね続けたのです。  今思えば、それはきっと、純粋な好奇心や親愛の気持ちからだけではなかったように思います。  一言で言うとそれは、優越感、でした。  クローディアは歳の頃だけ言うと、私よりも二つ年上でしたが、彼女はまるで幼子のようでした。それこそ、五つかそれくらいの。  話す言葉も辿々しく、私に対する警戒心もすぐに解けるほど純真で、世間のことなど何知らない、真っ黒な少女に色々と物を教えてやるのを、私はいつしか一番の歓びとするようになりました。  感心したように、私の言うことをなんでも鵜呑みにするクローディアは、可愛らしくて堪りませんでした。私の教えを吸収し、成長していくクローディアを見ると、気持ちがこれ以上ないほど高揚しました。それはまるで、忠犬を躾け、可愛がる感情によく似ていたように思います。  そうです。白杖いたします。私はクローディアを見下していました。  父や母に「影」のことをそれとなく聞いたときの声色が、市井の大人たちが度々「影」のことを噂にするときのその緩んだ顔が、私の意識の奥深くに植え付けたのです。「影」は人間のカタチだけをうまく真似た生き物で、人間になり損ねた下等生物だ、と。だから私たち人間が、「影」を虐げて蔑んで、踏み潰しても構わないのだ、と。  私はいつしか、そんな歪んだ色に染まった眼鏡でクローディアを見ていました。本来虐げてもなんら問題のない生き物に、私はこんなにも丁寧に優しく物事を教えてあげているのだ、と自己陶酔に浸っていたのでした。そしてそれと同時に、下等な生き物であるクローディアに知恵を授けてやることで、まるで自身が高位の存在であるかなように錯覚していたのでした。  幼いながら、なんて醜く歪んだ情なのでしょうか。私は、本来これほどまでに歪んだ人間なのです。  クローディアは私にとって特別な存在でした。しかしそれは、自身でも気がつかないほど当たり前に、安心して見下せる、そんな存在だったからなのでした。  クローディアは、紙に少女の外形のみを描いて、それを黒いインクで塗りつぶしたように真っ黒で、顔などもちろんありませんでした。しかし、私は不思議なことに、そんなことは全く気にせず、彼女との歪んだ親交を深めていきました。  そうしていつの間にやら、クローディアと過ごす五度目の夏がやって来たのです。  
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