クローディアに捧ぐ

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 私とクローディアは、四年間、夏のひとときだけの密会を細々と続けました。  私は十四になっていました。  春の穏やかな風が去り、ようやく再び肌を刺すような太陽の光を浴びるようになった日のことです。  私はひっそりと屋敷を抜け出し、陽を浴びて伸び伸びとした木々の中に自らの身を投げ出しました。またクローディアと過ごすいつもの夏が始まると思っていたのです。  私はクローディアと初めて出会った小川に向かいました。そこにはいつものように水浴びをする、真っ黒な人影がありました。  クローディア。そう声を張り上げようとしました。しかし、その声はすんでのところで喉の奥に押し込まれました。  細くすらりとした手足を伸ばして水に浸かり、長い髪を掻き上げるその全身真っ黒な女の輪郭が果たしてクローディアなのか、私には分からなかったからです。本来顔のあるべき部分が、彼女のものは真っ黒に塗りつぶされていて、顔では判別できなかったのです。  クローディアの手足はこんなにも細くしなやかな形だっただろうか、髪はこんなに長かっただろうか、胸元はこんなに膨らんだ輪郭だっただろうか、——こんなにも女性らしい形だっただろうか。  私は、しばらくその場を動くことができませんでした。クローディアらしき「影」から目を離せませんでした。彼女の輪郭に、見惚れていたのでした。  やがて、クローディアの方が私に気がつきました。私の名を嬉しそうに呼ぶその声は、たおやかで凛として美しく、私の耳にびりびりと響きました。  私はクローディアの声かけに手を挙げて応じながら、混乱や羞恥が脳内に渦巻くのを、必死に隠しました。  私の中心は、間違いなく熱を持って兆していたのです。  それ以来私にとって、クローディアとの密会は、それまでと全く別の意味を孕むようになりました。  クローディアの細く伸びた手足を目にするたびに、鈴の鳴るような声を耳にするたびに、どういうわけか艶のある感触の髪に触れるたびに、私の心は少年らしくときめきました。それでいて、無防備に手足を晒す姿に、髪を触らせようとする仕草に、おかしなほど腹を立てました。恋を、していました。  これが良くない感情であることを、わからぬほど幼くはありませんでした。  酷く頭を悩ませ、眠れない夜もありました。人間の女性に恋心を抱けないか試すために、何人かの市井の女性たちと逢瀬を重ねました。その白い肌を、赤く色づいた頬を、整った顔立ちを見てどきりとするたびに、真っ黒に染まった彼女の輪郭が脳裏を過ぎるのです。そんな日の夜は、決まって死にたくてたまらなくなるのです。  どうしてクローディアだったのか、彼女じゃないと駄目だったのか、それはいまだにわかりません。  全身が真っ黒に塗り潰されていて、顔や身体の凹凸がわかりづらかったから、その身体や声の美しさが際立って思えたからでしょうか。それとも、私に懐き、後ろを素直についてくる彼女の姿に、庇護欲がくすぐられたからでしょうか。  ——それとも、私は「影」しか愛せないおかしな人間だからなのでしょうか。  
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