クローディアに捧ぐ

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 クローディアへの想いを持て余し、悶々と日々を過ごしていた私の全てを変えたのは、攻撃的なほど眩しかった太陽の日差しが、いつのまにか優しく弱々しくなった夏の終わりのことでした。  私は十五の誕生日を迎えたのです。  いつもよりも豪勢な晩餐を終えたあと、私は父に、部屋に来るように言われていました。  部屋を訪れた私に、父はいつになく神妙な面持ちで、十五になったお前に話さなくてはいけないことがある、「影」のことだ、と言いました。  どっと大きな音が全身が駆け巡りました。私は、全身が心臓になったのか、と錯覚しました。  ついにクローディアとのことを知られてしまった、と思いました。彼女との逢瀬が両親に知られたらどんな処罰が待っているか、そんなことは想像していたはずなのに、恐ろしくてたまりませんでした。  しかし、父が続けた話は私の予想を裏切りました。  父は、「影」の正体について話し始めたのです。  父の話は驚くべきものでした。それは、私のクローディアへの想いを百八十度変えるに足りました。  父は言いました。「影」は私たち人間の贋作(レプリカ)のなり損ないなのだ、と。  私たち人間の個体が生まれると同時に、その個体と全く同じ外形をした「影」もどこかで生まれるのです。  「影」は正本(オリジナル)が成長すると同時に、輪郭だけは全く同じように成長するそうです。輪郭の中は真っ黒に塗り潰されて、それでも「影」は人間の真似事をするのです。  私は父に、では私と同じ形の「影」も存在するのか、と問いかけました。父は、是と答えました。全ての人間が生まれると同時にその「影」も生まれ、正本が死ぬと「影」も消える。「影」は自身が意思を持ったような気でいるが、「影」は私たち人間の真似をした贋作でしかないのだ、と父は言いました。  だから「影」には自身の存在が如何に人間に及ばない不完全なものか、思い知らせないとならない、とも続けました。  人間が頑なに「影」を虐げるには、このような理由があったのでした。  このことは誰にも言ってはならない、と父は最後に言い残しました。人間の中でも、選ばれた者にしか知らないことなのだ、と。なぜか、こんな辺境の地に代々住まう我が家は、その「選ばれた者」であったようでした。  その日の夜、私は訳もわからぬまま、倒れ込むように眠りにつきました。脳みそが思考を遮断しようとしたのかもしれません。  恋慕、軽蔑、怒り。眠りは私の絡まった感情をさらにぐちゃぐちゃにかき混ぜて、やがて一つの感情に収束しました。  翌日、私の頭はやけに澄み渡っていました。まるで雨上がりの空のようでした。  クローディアに対するどうしようもないほどの恋慕、「影」であることへの軽蔑、そんな「影」に想いを寄せていた自身への軽蔑。そんな感情が絡まり、形を変え、それらはすべてクローディアへの「憎悪」に収束したのでした。  
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