クローディアに捧ぐ

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 私は十五になった日の翌日、いつものように森の奥の細流に赴きました。そして、クローディアを言葉巧みに森の外に誘い込み、自身の屋敷の地下牢に閉じ込めることに成功したのです。  クローディアは私を信じ切って、全く警戒もしていない様子でした。その真っ黒な髪を掴んで、彼女の身体を地下牢に押し込んでも、クローディアは不思議そうな声をあげていたので、なぜだか愉快な気持ちになりました。  これでもう、憎たらしい「影」の姿を目にしないで済む、と思いました。そう思っていたはずなのに、なぜか、私は日を置かずに地下牢を訪れるようになっていました。  深夜の気まぐれな時間に地下牢を訪れ、そこにいる「影」を好きに甚振り、踏みつけて、自身の立場をわからせてやることは、私の一番の歓びとなりました。  クローディアには顔がなかったので、いくら痛めつけても反応が乏しいのが面白くありませんでした。日に日に彼女への暴行は激しさを増すようになっていました。私は、狂っていました。常に激情の中にいました。おかしくなっていたのです。  そんな生活が誰の咎もなく続けていられるはずはありませんでした。ある日、深夜に寝床を抜け出す私を不審に思った使用人の計らいで、私の悪事は全て白日の元に晒されることとなったのです。  「影」と関わっていたこと、地下牢に「影」を勝手に閉じ込めたことの処罰として、私は家を追放されることとなりました。  家を追放されてからは、様々な土地を転々として、最後に辿りついたのが、この地です。  様々な地を渡り歩き、どんな出会いがあったとしても、私の心はどこか空虚で侘しいものでした。心の中の大きな部分が埋まらないような気分でした。  わかっています。足りない欠片はきっと、クローディアなのです。私の感情が揺さぶるような存在がいるとすれば、それは彼女だけなのです。  私はクローディアを探し続けました。やがて、かつてあの森で彼女と暮らしていた男に辿り着きました。彼は、クローディアという名は正本の名なのだ、と言いました。正本と同じ形をした彼女を、どうしても匿わずにはいられなかった、と。  私は本物のクローディアに会いに行きました。もしかしたら、本物のクローディアなら愛せるかもしれない、という淡い期待がありました。  その期待は、まったく見当違いのものでした。本物の、人間のクローディアは、私が訪ねた頃にはすでに亡くなっていました。つまり、「影」のクローディアも、消えてしまったということです。  本物のクローディアの遺影を見ました。整った顔立ちだ、としか思えませんでした。これは私のクローディアではない、と思いました。  やはり、私の感情を強く揺さぶるのは、私が愛したのは、「影」のクローディアだけだったのでした。そんなことに気がついたころには、全てはもう手遅れでした。全て、私の手で、私の足で、滅茶苦茶に踏み潰してしまいました。  嗚呼、私は恥ずべき人間です。狂った人間です。歪んだ人間です。優しい人なんかではないのです。  クローディア、愛しています。誰かの贋作の貴方を軽蔑しました。心底見下しました。それでも、どうしても私のこの激情は、貴方だけのものなのです。  これは、愛する(ひと)を見下し、軽蔑し、踏みつけた、哀れな一人の男の贖罪にすぎません。  どうか、誰か、私を赦さないで。    ***  
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