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中学三年生の時、凄くモテるハイスペック男子と席が隣になった。名前は衛藤浬。頭が良くてかっこよくて芸能界に片足を突っ込んでいるような人だった。
自分は平凡である。特別可愛いわけじゃない。挨拶はするし話しかけられたら無視するわけにもいかないし返事はするけど他の女子みたいにお近付きになりたいとは思わない。好意も悪意もない接し方が新鮮だったのかもしれない。彼はやたら構ってきた。席を立って帰ろうとすると「浜地」と名前を呼ばれた。
「一緒に帰ろう」
告白されて付き合うことになった。
高校は別になった。彼は頭がいい。だけどいつも放課後は待ち合わせをしてデートする。
浬の学校の制服はかっこいい。真っ黒のブレザー。赤と白のネクタイ。
六月の半ば。雨が降っている。二人で傘を差して歩く。
誕生日のプレゼントをくれると言うので駅に出来た新しいビルに向かう。
浬は明るくて優しい。ニコニコしている。少し長めの髪。目が合うと眉尻が下がる。切れ長の目をした大人っぽい顔をしているのに瞳を見ると顔が緩んで可愛くなる。
空き地に高く生い茂った雑草に混ざって群れで咲いている立葵を見ていると気付いて浬が言う。
「瞳が好きな花だね」
交際は順調に続いた。二回目の夏が来る。
高校には電車で通う。朝、駅を降りると浬と同じ制服を着た女子二人が前を歩いているのが見えた。浬の名前が聞こえた。
「彼女いるらしいよ」
「うそー、どんな子?」
「板高の子らしいよ」
「え? 馬鹿と付き合ってるの? ギャル? 体目当てとか?」
確かについ最近セックスをした。
民家の庭にハイビスカスの花が咲いている。ハマナスだろうか。
夏の朝。とても晴れている。それなのに一瞬真っ暗になった。自分だけかと思った。だけど周りが騒いでいる。
「何、今の」
また真っ暗になった。
何も見えない。悲鳴が聞こえる。すぐ近くから。誰かにぶつかった。男の人に怒られた。姿は見えないけど謝って手探りで進む。
急に全体が光った。眩しすぎる。空に大きな何かが見える。大きな飛行体。巨大すぎる。ビル数十個分。それが低空に浮遊している。宇宙船である。あれは人類のものじゃない。
恐怖を感じた。パニックに陥っているのは自分だけではない。その宇宙船からレーザー光線のようなものが発射されて破壊されていく建物、人。悲鳴が聞こえる。轟音が聞こえる。地鳴り、地響き、炎。建物の残骸が飛んでくる。それが近くの人にぶつかるのを見た。心臓が潰れそうになる。息が出来ない。泣きながら浬の名前を呼んだ。
空が赤い。晴れていた筈なのに、あちこちから灰色の煙が上がって空が炎のように燃えている。おかしい。逃げても逃げても宇宙船がこちらを追ってくる。瞳の周囲の人が爆撃される。レーザーで照らされる。狙われている。
必死で逃げて路地に入っても照らされ続ける。狂いそうである。大勢殺された。さつま芋畑で躓いて転んだ。もう楽になりたい。だけど最後は浬と一緒が良かった。宇宙船が真上で止まって青白い光を浴びせてくる。放心状態でいると誰かの声が頭の中に直接響いた。怒っている。
『チェーリア様、お戻りください。我々はこの星を征服しに来たことをお忘れなきよう』
聞き覚えのある声だと思った。眩しくて目が痛い。目が回る。混乱している。知っている声である。男性の割に少し高めで年の割に幼さの残る声。涙が出た。
十四歳から前の記憶がない。行き倒れている所を助けてくれた夫婦が今の両親である。名前もその時に貰った。
思い出した。この星に来た時、事故で宇宙船が落ちた。記憶を失くして迷子になった。
しびれを切らしたように宇宙船から光が放たれて周囲の建物が壊されていく。人が殺されていく。この星が滅ぼされようとしている。絶望を感じる。
「やめて」
宇宙船に向かって叫んだ。
「好きな人がいるの。もう誰も殺さないで」
光が消えた。真っ暗になった。
立ち上がる。闇雲に走る。浬に会いたい。
少しずつ光が戻ってきた。頭上に宇宙船はない。だけど空は赤い。あちこちに煙が上がっている。灰が降ってくる。浬の名前を呼びながら浬の学校がある筈の方向を目指して走る。瓦礫を避けて我武者羅に走っていると腕を掴まれた。
浬。瞳を見て無事で良かったと笑ってくれた彼は全身血だらけで右腕が無くなっていた。
左腕で瞳を抱き締めて「良かった」と浬は泣いた。
自衛隊の戦闘機やヘリコプターが頭上を旋回している。空を覆っていた宇宙船の姿は無くなった。救急車とパトカーのサイレンが聞こえる。生き残った人達が怪我人の救助をしている。
よくわからないままこの星に来た。征服する為に来たなんて知らなかった。元々そんな野心は持ち合わせてない。ただの傀儡。
宇宙船が壊れて落下した時、すぐ近くにいたトゥラが必死で庇ってくれて軽傷で済んだ。一緒に落ちた筈である。だけど海に落ちて流されて別々になってしまったんだろう。
同じ宇宙船に乗っていた仲間達は漂流していた重症の彼は救助出来たもののチェーリアは発見出来ずにやむなく帰還したということだろうか。
多分トゥラは重症だった。目を覚まして再びこの星にチェーリアを探しに来るのに三年かかった。
トゥラは婚約者である。幼い頃から決められていた。彼は生真面目で怒りっぽかったけどチェーリアには甘かった。仲が良かった。お互い好き合っていた。
チェーリアは王様の二十二番目のお姫様だった。
故郷の星の景色を覚えている。どこまでも荒野が広がっていた。岩しかなかった。いつも空が赤くて建物の外には出られなかった。外は猛毒ガスが充満していて数秒も生きられなかった。
空の色、緑の植物、色とりどりの花、多様な生き物、美味しい空気、この星を欲しがったのは王様だろう。喋ったこともない。遠くからしか見たことがない。
宇宙船は元々壊れるように仕掛けられていたのかもしれない。多分チェーリアの命が狙われていた。この星に来る前から度々危険を感じることがあった。政変が起きようとしていた。チェーリアの暗殺を企てる策士達があの星には大勢いた。あの星に戻るよりもこの星で死んだことにした方が幸せでいられるかもしれない。
トゥラのことは大好きだった。だけど記憶を失くした間に別に大切な人が出来た。浬を置いて故郷に帰ることは出来ない。
建物の倒壊、多くの犠牲者は天災によるものにすり替わって日常が取り戻されている。多分トゥラ達の仕業だろう。
退院した浬と久しぶりに出かけた。通り雨に驚いたけど天気予報で知っていたと言う浬が傘を持っていて相合傘で公園を歩く。立ち葵が沢山咲いているお気に入りの公園である。映画を見に行こうかと話していると突然空が真っ暗になって頭上にあの宇宙船が現れた。浬が動かない。周りの時間が止まっている。
窓からこちらを見ているトゥラが見えた。
白い肌、銀色の髪、銀色の目。一重で吊り目だけど眉の形や大きくて腫れぼったい唇に親しみを感じる。人の良さそうな優しい顔をした男。大好きな人だった。紺碧の王族の服を着ている。彼は泣いていた。それに気付いた次の瞬間視界が真っ暗になって明るくなると宇宙船は無くなっていた。綺麗な茜色の夕焼け空に金星が光っているのが見える。
了
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