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それからしばらくして姑に癌が見つかり放射線治療と抗ガン剤投与の両方を一度に行うため入院となった。
もう少し大きなことが起きるかと思ったが私からすればたいしたことにはならなかった。考えようでは見つかり治療できるのだから悪いことが起きたわけではない。ただ舅や夫はあたふたするだけでなんの役にも立たないので、私が入院中の姑を見舞い、着替えを運ぶ。姑は二人のことと家のことを私に頼み、「お願いね」と「ありがとうね」を繰り返す。気分は悪くない。
10年前の結婚を控えたある日のことだった。
「紗弥加、うちは昔地主だったのは知ってるよな」
「うん。田んぼや畑を小作に貸して、年貢をとってたんだよね」
「その代にもよるが良心的というよりは酷いことをした先祖がいたらしい」
「そうなの?」
「俺がじいさんにその黒柿の材木をもらった時に聞いた話なんだが」
「うん」
「じいさんがな、あの柿の木を切るように頼んで、切ってもらって、黒柿だったことをその頃寝付いていたひいじいさんに知らせるとな、呪いの黒柿だな、って言ったらしい」
「呪いの?」
「あの柿の木に年貢を納められなかった人を縛ったり逆さに吊したりしたんだという。殴られて、切られてということもあったらしい。そのたくさんの人の血や体液を吸ったことで黒柿になったんじゃないかと。そしてじいさんが材木をくれた時に、呪いの黒柿かもしれないから扱いに気をつけろと言ったんだ」
「その材木をなぜ加工しようと思ったの?」
「お前の父親が欲をかいて売って、あいつになにか起きたら困ると思った。この年寄りの俺がなんとかしようと。まず加工で試した。誰かのために活かせば呪いも消えるのではないかと」
「で、お箸なのね」
箸が初めは5膳入っていたようだが、1膳分の空きがあった。
「工芸の人にも俺にも何も起きなかった。じいさんの話は大げさだったんだと……」
「何かあったの?」
「いや。ま、そのせいか、ただの偶然かもわからないからな」
この箸をつかったのは祖父の妻である祖母かもしれない。そう思った。私がまだ小学校に上がる前に死んだ。とにかく怖い人だった。母と私に何かと強くあたることが多かった。泣いてまた怒鳴られての私を祖父がかばってくれ慰めてくれたのを覚えている。妹はまだ赤ちゃんだった。
「呪いの黒柿からつくった箸とさじ、お前のお守りになるかもしれない。言いたいことが言えなくて、人に合せて引いて我慢してしまう紗弥加の」
「えっ? あっ、うん」
私は祖父の気持ちは有り難かったが呪いの黒柿がお守りになるとはどうしても思えず、もらったが、つかうことはない、怖くてつかえないとクローゼットの奥にしまったのだった。
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