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妹の千夏が姑の入院をどこかで嗅ぎつけたらしく電話をしてきた。
「ねえちゃん、お姑さん入院なんだって? 大丈夫なの?」
「何が?」
「だって、家のこととか、もしもの時とかさ、心配じゃないの?」
「お義父さんがいるから別に困らない。まあ、お義父さんの食事を余分に作らなきゃだけど、仕事帰りにスーパーと病院に寄るだけ。大きな負担でもないから」
我が家への勝手な侵入もないし、姑の終わりのない小言も聞かなくていい。結婚してから一度も感じなかった幸せで快適な毎日を過ごしている。
「そうなんだ」
妹は残念そうである。私が忙しく働きづめになっていると思っていたのにそうでもないと聞き言葉が止まる。
「他に何か用事?」
「ああ、うちの2番目、自転車に乗れるようになったのよ。まだ5歳になったばかりなのに」
それがどうした、と言いたいのを堪えて言葉を返す。
「それはすごいわね。自転車を買ったの?」
「お父さんがあの子の誕生日祝いに買ってくれたの。長男にもサッカーボールやいろいろ、で3番目には……、ああ、泣き出したわ。ねえ、私さ、もう一人女の子を産もうと思ってるの。前にも言ったけど、この子をねえちゃんにあげるわ。まだ生まれてそんなに経ってないし、これからでも十分おかあさんできる。おかあさんになりたいでしょ」
泣きじゃくるその3男が彼女の夫との間にできた子ではないから気づかれないうちに家から出してしまいたい、私に押しつけようという魂胆なのだ。実家でたまたま一緒だったあの日、彼女にかかってきた電話の受け答えを耳にし、浮気相手がいることがわかった。もちろん知らないふりを続けている。
「その話は断ったはずよね。もう二度としないで。……そうそう、黒柿のスプーン送るわ。離乳食を食べさせるのにつかうといいわよ」
「あ、ありがとう。黒柿? 黒柿のスプーン?」
千夏に黒柿のスプーン1本と子ども用によさそうな短めの箸2膳を送った。稀少で高値だとわかれば喜んでつかうに違いない。妹の小さな子ども達にどんな影響があるのか、どんな風にあの黒柿が作用するのか、楽しみでならない。
木箱の中にはあと箸が1膳とスプーンが1本。使い道をこれからゆっくり考えようと思う。
〈了〉
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