狐の嫁入りハイパー

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都会育ちのヨシオは、コンな田舎道を運転するのは初めてだった。 高い木立に囲まれた狭いくねくねの山道を登って降りれば田んぼ。 田んぼの先はまた山道をくねくねと登って降りて、また田んぼ。 最寄りのコンビニも全然最寄りじゃない。たまにすれ違うのは軽トラック。 サラウンドで響く蝉の声は夜になれば蛙の大合唱に変わるだろう。 その辺からタヌキが出て来て、葉っぱを頭に乗せてどろんと変身しても不思議じゃないな。 等と思っているうちに、助手席のヨウコが嬉しそうに前を指差す。 「コンな田舎でびっくりしたでしょ? ほら、あの家よヨシオくん!」 「う、うん」 とくん、と胸が鳴る。 ヨシオは左手をハンドルから離して、ヨウコの右手を優しく握った。 慣れない道で自動車の片手運転など誉められたものではないが、どうか大目に見てやって欲しい。 これから彼らは人生の大きな大きな舞台に立つのだから。 「お疲れ様、ヨシオくん」 八月の午後三時。 かかってこいとどっしり構えた巨大な入道雲を相手に、太陽はこれでもかと全力投球。青空を舞台に真っ向勝負を繰り広げている。 だか車を降りると意外と涼しく、鼻腔から体に染み渡る緑の匂い。心地よい風にすいすい遊んでいるとんぼがかわいい。 不便な田舎だが、ヨシオは素直に良い所だと思った。ここは愛しいヨウコの生まれ育った町なのだ、良い所に決まっている。 「さあヨウコちゃん、行こう!」 ヨウコはつり目でほっそりとした、人目を引く女の子。紺色のシャツが良く似合っている。 地味なヨシオにとってコンな子と知りあえたのは奇跡だった。合コンや婚活サイトでどれだけ女狐に騙されたりたかられたりした事か。 だが、今度こそ今度こそと根性で頑張って来た。その全てが今日報われる。 二人は遂にやって来たのだ。この緑深い田舎町で一人暮らすヨウコの母に結婚を許していただく為に。 何が何でも気に入っていただかなくては。彼女を手離したら金輪際恋なんてしない! その思いに噓はない。微塵もない。
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