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「お母さん、ただいまー!」
「は、初めまして」
「コンにちは、初めましてヨシオさん。
コンな遠い所まで良く来てくださいました、どうぞお上がりになって」
ヨウコとヨシオはまず仏壇に手を合わせ、畳の客間に通される。
いぐさの座布団。どっしりした座卓。
縁側から風鈴も二人を爽やかな声で迎えてくれた。
ヨウコの実家は玄関も窓も大胆にがらりと開け放たれていた。
ヨシオとヨウコが座る左に見える縁側には、すだれ越しに可愛らしい花が並ぶよく手入れされたコンパクトな庭が。
その向こうには道中で眺めて来たのどかな景色が広がっていた。
やたらと物騒な世の中だ。
しかし、玄関に鍵さえ掛けないコンな平和な田舎はこの令和の時代にも存在する。
ミンミンジージーの声を乗せて、爽やかな事この上ない風が涼やかに吹き抜ける。
家の中にあっちから迷い込んだとんぼが、こっちからびゅんと外に逃げて行く。
ああ、これならエアコンも必要ない。
そこで、どうぞと出された金色の麦茶がコロンと氷を鳴らす。今この瞬間、コンなに美味い清涼飲料水があるだろうか。
ヨシオの中で良い所ポイントは上昇を続ける。
「改めまして。ヨウコの母のフウコです」
二人の向かいに座り頭を下げるフウコ。ヨウコによく似たつり目の綺麗な人で、ヨシオは緊張しながらも何だか嬉しくなった。
そしてフウコはヨシオをそっと見つめる。
お世辞にも女性にモテそうなタイプではない。怪しい輩に幸運の壷など勧められて困ったりしていそう。
だが真面目で優しい好青年だと顔に書いてある。何気ない仕草が悪い事は出来ませんと語っている。
コンな男性なかなかいないわ。きっと娘を大切にしてくれるに違いない。
いい男、とは見た目ではないのだから。
「良かったね、ヨウコ。
あんたならきっといい人を連れて来るって信じてたわ」
……さああっ……ぱらぱら……
その時、庭の方から静かな音が。
晴れているのに雨音だ。
──きつねの嫁入り、かあ──
ヨシオの胸にそんな言葉が浮かんだ。
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