日曜日、優しい梓眞さん

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 梓眞の自宅があるマンションは、莉久の家から電車で二十分ほどのところにある。若干古めかしい外観だが、エントランスの低木はきちんと手入れされているし、中はとても綺麗だ。小学生のときにもきたことのある部屋は二階にあり、相変わらず綺麗に整理整頓されている。居室はキッチンとリビングダイニングとは別に三つで、梓眞の部屋が向かって左の奥側、手前側は居候をしている梓眞の甥が使っていると言う。莉久には向かって右の一室を使ってほしいと部屋に案内された。 「泊まらせてもらうんだし、リビングのソファで充分だよ」  わざわざ部屋を借りるのも申し訳ないと断るが、優しく制された。 「莉久が嫌じゃなければ、部屋を使って落ちついて生活してほしいんだ」  もちろん嫌ではないので、「それなら」と部屋を借りることにした。  六畳ほどのフローリングの部屋は、ベッドと机と椅子が置かれている。換気のためか窓が開いていて、風が入るとベージュのカーテンが揺らめく。ところどころに本が積んであり、梓眞が「置く場所がなくて」と恥ずかしそうに笑った。  荷物をおろし、梓眞を振り返る。 「素敵な部屋だね。本当にいいの?」 「もちろん。ソファじゃ疲れも取れないから」 「ありがとう、梓眞さん。甥っ子さんにも挨拶したほうがいいよね?」 「ああ、それは――」  事前に話していなくてごめん、と謝られた。妹の息子を事情があって数年前から預かっているらしい。 「害はないから大丈夫」 「害……、わかった」  その言い方に笑ってしまった。  優しい梓眞の甥なのだから、きっと悪い人ではないだろう。今はバイトにいっているとのことで会えなかったけれど、二週間でも一緒に暮らすのだから早めにきちんと挨拶をしたい。  梓眞が食事を作ってくれているあいだに荷物を片づけた。 「莉久、できたよ」  丸いテーブルで向かい合って食事をとる。梓眞とふたりの夕食が楽しくて、つい口もとが緩んだ。 「楽しそうだね」 「お泊まりなんて全然しないから楽しいよ。うちは帰省もないし」 「うん」 「帰省どころか、父さんは自分の親のことを少しも教えてくれないから」  梓眞は「そうだね」と、なにか知っているような雰囲気を見せた。 「梓眞さん、なにか知ってるの?」  答えのかわりに微笑みが返ってきて、ごまかされたようにも思える。なにか知っているのかもしれないが、なんとなく深く聞いてはいけないような気がした。  莉久は話を戻す。 「だから今回のお泊まりはすごく嬉しいんだ」  気になるし、知っているならば教えてほしいけれど、なんの理由もなければ灯里も話すだろうし、灯里の両親のことについては触れないほうがいいのかもしれない。  食事をしながらずっと口角があがったままの莉久を見て、梓眞は笑った。  そういえば、梓眞と灯里は仲がいいが、出会いとかどういうつながりかとかは聞いたことがない。莉久が気がついたときには、優しい梓眞の存在があった。いつから、と聞かれても莉久自身思い出せないくらいだ。 「梓眞さんと父さんってどういう知り合いなの?」  不意を突かれたように一瞬目を見開いた梓眞は、静かに口もとを笑みの形にした。 「俺の妹が高校生のときのクラスメイトが灯里なんだ」 「妹さんと父さんが仲良かったの?」 「そう。食事は口に合う?」 「すごくおいしいよ」  もっといろいろ聞きたいのに、話を打ち切るように梓眞は話題を変えた。これも聞かないほうがいいことなのかもしれない。  梓眞と灯里の関係はよくわからなくても、梓眞が優しくていい人なのは変わりない。本人が話したくないことを聞き出すのは趣味が悪いし、莉久は気にしないことにした。 「片づけはいいよ。疲れただろうから、先にお風呂を使って」 「ありがとう」  お湯を張ってくれたので、ゆっくり湯船に浸かった。自宅以外にいることが莉久のテンションをあげる。莉久もそれほど外出が好きなわけではないが、帰省もしないと外泊に憧れるのは当然だ。これからもたまに梓眞のところに泊まりで遊びにこさせてもらおうかな、と考える。もちろん、梓眞が了承してくれるなら、だけれど。 「おやすみなさい、梓眞さん」 「おやすみ」  バイトの疲れもあり早々にベッドに入ったけれど、なかなか寝つけない。疲れているのに目が冴えている。これからはじまる毎日が楽しみすぎて遠足前の子どものように興奮を抑えられず、ベッドの中でじたばたした。
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