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月曜日、武倉怜司
自宅以外から学校にいくのも楽しくて、頬が緩んだままだ。思わず鼻歌をうたってしまう。
灯里からは『なにかあったら俺じゃなくて梓眞に相談しろ』とメッセージが届いていた。こんなに楽しいのだから、なにかなんてないだろうし、灯里には仕事を頑張ってほしいので心配はかけたくない。突き放した言い方をしても、灯里は莉久が相談したら聞いてくれるのをわかっている。
父から離れたこの外泊で、一歩成長した自分になれたら、と少し欲張った願望が生まれた。まだよく知らない外の世界で、なにかを身につけたい。
「そうだ」
梓眞のところにいるうちに料理を教えてもらおう。料理がうまくなれば家に帰ってから莉久が食事を作ることができるし、灯里の負担が減る。料理自体は苦手ではないが、自分からすすんでやろうと思わなかった。だが、今後ひとり暮らしをすることを考えても、できたほうがいい。
高校の最寄り駅まで二駅。朝もゆっくり寝られた。電車にのると、車内は莉久と同じ白いシャツと、ダークグリーンの生地にグレーと赤のチェックのラインが入ったスラックスを身につける高校生が多く見られた。同じ生地のスカートを履く女子も、学校が近いだけあって多数いる。夏服なので男女ともにエンジのネクタイの着用は自由で、莉久は暑くてつけていない。女子のあいだではつけるのがはやっているらしいと噂で聞いたことがあるけれど、たしかに皆ネクタイを緩くつけている。
つり革に掴まって、冷房の涼しさに莉久はほっと息をついた。
今日は梓眞の甥と会えるだろうか。昨日の夜遅くに帰ってきていたようだけれど、莉久は眠くて起きられなかった。梓眞が教えてくれたが、今大学生で、居酒屋でバイトをしているらしい。すれ違いになるのは残念だから、莉久も今夜バイトから帰ったら待ってみよう。
「はよ、原沢」
「おはよう」
教室前で友人の朝田から声をかけられた。高校に入ってから仲良くなった朝田もネクタイなしで、こげ茶のくせ毛をひと筋引っ張っては髪をかきまぜている。寝ぐせが直らないのかもしれない。機嫌のいい莉久の顔を見て、訝った表情を見せた。
「なんでそんなご機嫌なの?」
「わかる?」
「まさか――」
肩を掴まれ、真剣に詰め寄られた。
「彼女ができたとかじゃないよな?」
小声で聞かれ、莉久は苦笑しながら首を横に振る。そうだったらもっとはしゃいでいるだろう。
「違うよ。今、父親の友だちのところにお泊まりしてるんだ」
「父親の友だち?」
「そう」
「それだけ?」
それだけ、と答えると朝田はがっかりしたように、掴んでいた肩を離した。
「そんなことかよ」
朝田の家は帰省先があり、ゴールデンウィークのときにおみやげをもらった。普段から泊まりでどこかに出かける人にはたいしたことではないのかもしれないが、莉久には特別なことなのだ。
親の許可のもとで外泊。しかも二週間も。最高だ。
そんな力説を聞いた朝田はつまらなそうな顔をする。
「俺なら、彼女の家にお泊まりのほうがいい」
「そりゃあ、そっちのほうがいいに決まってるけど。ていうか朝田、彼女いないじゃん」
「原沢だっていないだろ」
人のこと言えるのか、と背中を叩かれた。
寂しい現実だ。梓眞から整った見た目と大人の魅力を分けてもらえたら、一気にもてるかもしれない。
「……あれ」
そういえば梓眞は独身なのだろうか。そういった話は聞いたことがない。梓眞の部屋には梓眞と甥以外が住んでいるという説明もなかったし、会わなかった。
「どうした?」
「ううん」
昨日のなにか知っているような雰囲気にしても、よく考えると不思議な人だ。灯里とふたりでいても、いつも静かに微笑んで、まるで見守っているような姿を見せる。
本当にどういうつながりなのか、気になるが昨日の様子を見ると聞いても教えてくれないだろうな、と思う。教えてくれないことを深く聞くことはしないけれど、やはり気になる。
小さく唸っていると、朝田に肩を揺らされた。
「起きろ」
「起きてるよ」
ふたりで教室に入り、机にスクールバッグを置く。ふと窓の外を見ると、青空が美しかった。
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