月曜日夜、逃げ出す

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 通話を終えたままのスマートフォンを茫然と見つめる。すべてが納得いかない。灯里が母に隠していたことも、梓眞と灯里がつき合っていた事実さえすっきりしない。  時計を見ると二十三時をまわったところだったので、急いで荷物をまとめた。この時間ならまだ電車はあるから、とりあえず自宅に帰ることにした。  灯里はああ言っていたが、もし襲われたらと考えると怖くて仕方がない。可愛い女の子に襲われるならまだしも、いくら美形でも男は無理だ。  まとめた荷物をかかえて静かに玄関に向かう。見つからずに部屋を出られそうだと思ったのに、浴室から出てきた寝間着姿の怜司と鉢合わせた。 「……っ」  まずい、とどう行動すべきか考えを巡らせていると、怜司はタオルで無造作に髪を拭きながら莉久を一瞥した。 「逃げ出すならさっさとしろ」  その表情には特段驚きは見えない。 「な……っ、逃げるわけじゃない!」 「うるせえよ。梓眞さんに見つかるぞ」  慌てて口を噤む。まるで莉久がこうすることを読んでいたかのようで、その余裕も今の莉久には癇に障った。  怜司は冷めた視線で莉久を見おろした。 「俺だって、ノンケと同じ空間で生活してたら息が詰まる」 「のんけ……?」 「おまえみたいなのだよ。ノーマルとかストレートって言えば通じるか?」 「……あの」  まさか、と見あげると、怜司は口もとを笑みの形に変えた。 「俺もゲイだからな」 「……」  怜司もゲイ――思考が停止した。 「出ていくなら早くいけ」  背中を押され、それを勢いにして莉久は部屋を飛び出す。怜司が見送っていたのはわかったが、振り返れなかった。  電車に揺られてぼんやりと遠くを見る。梓眞がゲイ、怜司もゲイ。なんて危険なところにいたのだろう、と今さら震えが起こる。  ゲイの人を差別するつもりはないが、現実にゲイの男ふたりと一緒に生活するのは頭で考えるのとは別だ。頭で理解しても、心が追いつかないのは当然ではないか。梓眞に黙って出てきたことは少し後悔したけれど、現実を受け入れられない。  自宅最寄り駅につき、電車をおりる。街灯がぽつぽつとしかない道を、びくびくしながら家に向かって走った。  帰宅すると当然誰もいない。真っ暗な中で怖がりが発揮されて、小さな物音や風で窓が揺れる音にも怯える。雨が降り出し、雷鳴がとどろきはじめたこともさらに恐怖を煽った。  家中の電気をつけたことでひとまずほっとして、お風呂は梓眞のところで入ってきたから、と逃げるようにベッドに飛び込んだ。  突然スマートフォンが鳴り、びくびくっと身体が大きく跳ねる。この状況で知らない番号からだったり非通知からだったりしたら気を失う自信がある、と恐る恐る画面を見ると、梓眞からの着信だった。一瞬、出たほうがいいのかもしれないと思ったが、頭を一度振って無視した。 「絶対ひとりで大丈夫だ。のり切る」  布団をかぶって、呪文のように何度も呟いた。
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