黒の王と白の姫

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 アクトゥール王国に輿入れした私――、ミルフィナ王国の王女ブランシュは、馬車の中で目を見開いた。 (なんて事! 王国中の人が全員黒い服を着ているわ)  私の国、ミルフィナ王国の市民街では、質素ながらもお洒落にこだわった服を着た人々が通りを行き交っていた。  バザールでは色とりどりの旗が翻り、新鮮な肉の赤、カラフルな果物や野菜が並び、魚たちは美しい鱗を光らせていた。  店主は自分の店が一番目立つよう、様々な飾り付けをし、明るい呼び声を上げていた。  白壁にオレンジの屋根の街並みは美しく、晴れた日に物見櫓から王都を見渡すと、街全体が輝いているように感じられたものだ。  しかしアクトゥール王国では、民家の壁も屋根も黒く塗りつぶされている。  バザールはあるものの、店のテントは黒く、果物や野菜まで黒い。  肉や魚は半透明の黒いクリスタルの蓋で保管され、色が分からないようになっている。  アクトゥール王国の国王は、三か月前に崩御した。  私は事前にじいやから、この国では君主が亡きあと一年は国を挙げて喪に服さないとならないと聞いていた。 (でも、こんなにすべてを真っ黒にするなんて聞いていなかったわ)  それに、アクトゥール王国の国民は、煌びやかなミルフィナ王国の馬車や、供の者たちの服装を見て、明らかな嫌悪の表情を浮かべている。 (気まずいけれど、嫁ぎ先の国へ敬意を持ち、最上級の姿で参上するのは当たり前の事よ)  私は溜め息をついてカーテンをおろし、アイボリー地に金糸で刺繍が施されたドレスと、自分のプラチナブロンドを見る。  私は祖国では〝白の姫〟と呼ばれ、白に近いプラチナブロンドに、金色の目を持つ美姫と言われていた。  臣下や民に気さくに接していたから、皆には好かれていたと思う。  得意とする魔術は聖属性で、癒しや祝福を与えられる。  植物を元気にする事もでき、花の開花を早める事もできる。  そんな私は祖父同士の約束で、アクトゥール王国の新国王となったノワール様に嫁ぐ事になった。  私は十八歳で、彼は二十七歳。  幼い頃に大好きな祖父が亡くなって消沈した時、国葬のためにミルフィナ王国を訪れた彼は優しく私を励ましてくれた。  当時私は祖父の死を受け入れられなくて、大人たちが黒い服を着て悲しんでいる様子が怖くて庭園に逃げていた。  両親は国賓の対応に忙しく、使用人たちも慌ただしく働いているなか、ノワールは庭園の隅に隠れていた私を見つけてくれた。 『大好きなお祖父様に最期のお別れをしよう。亡くなったばかりだから霊魂はまだ肉体の側に留まっている。姿は見えなくても、お祖父様はブランシュがきちんと挨拶しているか見ているよ。きっと寂しく思っているから、挨拶しよう?』  優しく窘められ、私はノワールと一緒に大聖堂に向かった。  その思い出があるから、私はなかなかノワールに会えなくても、彼を信じて将来良き妻になろうと思えていた。  いつか彼の妻になる事を夢みて、勉強にもお作法も頑張った。  そしてとうとう十八歳になり、輿入れとなったのだけれど……。 (三か月前に国葬のためにアクトゥール王国を訪れた時、彼は多忙を極めていたから話せなかった。大人になってからまともに顔を合わせるのが、輿入れのあとだなんて)  皮肉な事に、私は彼の父が亡くなって初めて、大陸の西にあるミルフィナ王国から、東の果てにあるアクトゥール王国を訪れた。  国葬の最中、大人になったノワールを初めて見た私は、彼のあまりの美男ぶりにドキドキしてしまった。  スッとした立ち姿はまるで軍神のようで、黒衣を纏った長身の彼は話しかけるのも躊躇われるほど完璧な美を誇っていた。  濡れ羽色の髪と同色の眉はキリリと上がり、濃い睫毛に覆われた目は深いブルーグレーだ。  きめ細やかな肌に通った鼻梁、形のいい唇から発せられる声は、低くて通りがよく、初めて彼の声を聞いた時は、体に甘美な痺れが駆け抜けたものだ。 (でも、お父上を失って気落ちしているはず。……それに国がこんな状態なのに、豪華なドレスに身を纏った私をどう思うかしら? こんな事になるなら、もっと考えるべきだった)  私は溜め息をつき、手持ち無沙汰に毛先を弄る。 (でも、人と人よ。ちゃんと心を開いて話せば分かり合える)  私は自分に言い聞かせ、小さく息を吐く。 (……それよりも気になるのは……)  私はまたカーテンを細く開けて周囲を見る。  この国に入った瞬間、ズシンと体が重たくなったように感じ、気持ちまで落ち込んだ感じがした。  気のせいかもしれないけれど、なんとなく嫌な予感がする。 (ノワールに関わっていなければいいけれど)  私は心の中で夫となる人を心配し、そっと溜め息をついた。 **
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