黒の王と白の姫

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 王城もまた墨を塗ったように黒く、見るだけで胸の奥が重たくなるような、巨大な闇の塊があるように思えた。  馬車から降りた瞬間、私は突き刺さるような視線を沢山浴びる。  空すらもどこか薄暗く思えるこの国のなかで、私の白さは異質だからだ。 (負けないわ)  私は侍女に「行きましょう」と微笑みかけ、先導する使者について歩き始めた。 「……遠路はるばるようこそ。ミルフィナ王国第一王女、ブランシュ」  謁見の間に来た私を迎えたのは、玉座に腰かけた黒衣のノワールと、真っ黒な服に身を包んだ貴族たちだ。  異様な事に、彼らはみな顔に黒い仮面をつけている。  まるで影でできた魔物に囲まれた心地になり、私は不安と微かな恐怖に襲われて身を震わせた。 「ノワール陛下におかれましては、ご機嫌うるわしく。太陽に愛でられし楽園と呼ばれた、アクトゥール王国を訪れる事ができて光栄でございます」  挨拶をした途端、周囲の貴族たちからの視線がきつくなった。  この国が周辺国からそう呼ばれていたのは事実だし、私は間違えた事を言っていないはずだけど。  困ってノワールを見たけれど、彼は表情を変えず、感情すらも分からない顔で私を見つめているのみだった。 **  歓迎の宴が開かれたけれど、貴族たちはみな黒い仮面を被っているし、その様相で笑い声を上げられても不気味なだけだ。  食べ物もまた魔術によって黒く色を変化させられ、味は平時と変わらないはずなのに、何を食べているのだか分からなくなる。  ノワールは無言で黒い杯を傾けているだけで、私に話しかけてくる様子はない。 (昔の彼はどこにいったの? お父上が亡くなられた事でこんなに落ち込んでしまったの?)  私は溜め息をつき、真っ黒なワインを一口飲む。  そんな私に近づいてくる人物がいた。 「アクトゥール王国の食べ物はお気に召しませんか?」  横に立ったのは、黒いドレスに黒い化粧を施した魔女だ。  魔女や魔法使いが国を守護する存在となるのは珍しくなく、私の祖国ミルフィナ王国にも、美貌の魔女がいる。  彼女はずっと前からミルフィナ王国を守護していて、私の事を孫のように可愛がってくれ、魔術の特訓に付き合ってくれた。  時には家族に言えない悩みを打ち明けたり、飼っていた犬が死んでしまった時は、大泣きした私に香りのいいハーブティーを飲ませ、気持ちを落ち着かせてくれたものだ。  魔女や魔法使いは国を守り、王家のよき相談相手となる。  だから私に話しかけてきた彼女も、ノワールの両親亡き今、彼の相談相手となっているのだろう。  けど――。 (なんだか嫌な感じがする)  私は魔女を見て、首筋がチリチリするような感覚を覚える。 「わたくしはルチア。アクトゥール王国を守護する魔女です。これからはブランシュ殿下の事も守らせてくださいね」 「……ええ、ありがとう」  彼女は友好的だし、向けてくる笑顔も優しい。  けれどせっかく輿入れしたのに、真っ黒な国に真っ黒な歓迎の宴では、素直に喜ぶべきなのか分からなくなる。 (喪に服している間とはいえ、賓客を招く時は相応の装いをするものと思っていたから……)  幼い頃、私の祖母が亡くなり、彼女を愛していた祖父も追いかけるように逝去した。  国葬が行われたあとに期間を空けて父の戴冠式が行われたけれど、その時は新国王の誕生を誰もが祝ったものだ。  私も魔術を使って花びらをまき散らし、民たちと一緒にお祝いした。  国が違えば作法が異なるのは当たり前だけれど、こうも違うと戸惑いを通り越して気が滅入ってくる。 「どうぞこの国を愛し、良き国母となられてくださいね」 「はい」  魔女は微笑んだあと、ゆったりと歩いていく。
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