黒の王と白の姫

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「魔女が私たちの営みに口を出さないで!」  彼女たちは人間より遙かに長生きするし、膨大な魔力を持つ。  人と同じ外見をしていても、考え方や価値観は人間と大きく異なり、自分より短命な人間を子供扱いしている節がある。  だから彼女たちがすぐに死ぬ人間に恋をするなど、基本的にあり得ないのだ。 「あとからしゃしゃり出た小娘が、偉そうな口を叩かないで」  ルチアは凄絶な笑みを浮かべたかと思うと、全身からゆらりと黒いオーラを発した。  魔女が全身から魔力を噴き出させた瞬間、ノワールが苦しみ始めた。 「う……っ、うぅ……っ」  脂汗を滲ませてうなされる彼を見て、私はすぐに理解する。 「あなた、ノワールに呪いを掛けているわね!?」 「呪いなんて言わないで。これは愛よ」  ルチアは母性を滲ませる笑みを浮かべ、小首を傾げて指先で自身の唇に触れた。  腹……、立つ……っ!  他人の男に手を出しているのも腹が立つし、国と王家を守るべき魔女なのに、本来の役目を放棄して、国王に呪いを掛けてくるところも腹が立つ。 「私の夫を返してちょうだい!」  私は怒りに身を任せ、ズンズンとベッドに歩み寄ると、ルチアを押しのけてノワールに呼びかけた。 「ノワール! 呪いになんて負けないで! あなたは私と結婚するの!」  悔しさのあまり、私は涙を零す。  幼い頃、私を励ましてくれた優しい青年を忘れた事はない。  彼となら幸せな結婚をして、良い王妃となるのだとずっと夢を描き、勉強や作法、様々な事に身を入れてきた。  その希望と今までの努力を、こんな魔女ごときに奪われる訳にいかない。  キッとルチアを睨んだ私は、――苦しむ彼にキスをした。 「な……っ」  魔女が息を呑むのが分かった。  でも、私は構わず口づけをし、聖なる魔力をノワールに吹き込んだ。  ――生きて!  ――こんな魔女に負けないで!  ――あなたは私と結婚して、幸せになるの!  ――あなたはこの国を愛し、良い国王になるんでしょう!?  強く願った時、私の体からパァッとまばゆい光が漏れ、薄暗い室内に乱反射した。 「っぎゃああああっ!!」  魔女の絶叫が聞こえても、私は構わずノワールに唇を重ね、聖なる魔力を注ぎ続ける。  解呪とか、彼の体力を回復させるとか、何も考えず、頭の中を真っ白にして魔力を放出し続けた。  私の体から光と共に輝く花びらが吹き出て、光の粒子がきらめく風がバンッと窓と扉を開く。  その風は大きなつむじ風を巻き起こし、黒一色に塗りつぶされていた――、いや、呪いによって黒く染められ、人々の思考もねじ曲げていた国そのものを光に導いていった。  王宮や建物を黒く染めていた闇はボロボロと剥がれ、本来の白さを取り戻し、空を覆っていた雲は吹き飛び、太陽が地上を照らす。 「…………ぅ……」  ノワールが小さく呻き、目を開ける。  ブルーグレーの目に私が映ったのを確認したあと、私は彼に微笑みかけた。 「おはよう、ノワール。私よ。あなたの妻になりにきたの」 「……ブランシュ」  彼は眩しそうに目を細め、微笑む。 「……なんだか、ずっと眠っていたような感じだ。起きていたのに頭に霧が掛かっていたみたいで、君と話した内容をまったく覚えていなかった……。すまない」 「いいの。あなたがこうして目覚めてくれたな――、きゃっ」  突然ノワールに抱き締められたかと思うと、私はベッドの上にドッと転がった。 「……な、なに?」  起き上がり、私は驚愕に目を見開いた。 「ぁ……っ、――――がっ、…………ぁ、……あ…………っ」  そこには、今まで見ていた美貌は嘘だったのかと思える、ルチアの姿があった。  肌は厚く塗りたくった白粉のようにひび割れ、その間からしわしわになった本当の素肌が覗いている。  ルチアの黒い爪は長く伸びて私を貫こうとしたけれど――、ノワールの手から伸びた氷の剣が、彼女の胸を貫いていた。 「おま……、え……っ、私に、こんな、……ことを、して……っ、ただで……っ」 「腐っても魔女だ。数百年氷漬けになろうが、蘇ったあと、どうとでもできるだろう」  ノワールは冷酷に言い放つ。  その顔を見て、ルチアは涙を流した。 「あの人の……、息子、だから……、そっくりなあなたを、……愛、そうと、思ったのに……っ、邪魔な女を消して、……あの人を私に夢中にさせたのに……っ」  真実を聞き、ゾワッと鳥肌が立った。
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