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そのあとも宴は続いたけれど、私はノワールを見て無言で目を見開いた。
私たちは長いテーブルの端と端に座っていて、彼はとても遠くにいる。
その間に貴族たちが座って食事をし、おしゃべりをしているから気づかないと思っているのか、先ほどの魔女ルチアがノワールに何かを囁き、笑い合っていた。
テーブルに浅く腰かけたルチアは、豊かな胸元をノワールの前に晒し、妖艶に笑いかけている。
しかも彼の頬に触れ、唇を指で辿るさまは、まるで恋人同士のようだ。
(私の婚約者に何してるの!?)
カッとなった私は思わず立ち上がり、椅子がガタッと音を立てた。
――その瞬間、おしゃべりしていた貴族たちがピタッと口を噤み、いっせいに私を見てくる。
(……な、なに!?)
テーブルの周りしか灯りがなく、周囲が闇に包まれたなか、黒いドレス、黒い仮面を身につけた彼らは異様な雰囲気を発している。
恐ろしくなってテーブルの向こうにいるノワールに助けを求める目を向けたけれど、彼はまるで人形のように椅子に座し、ぼんやりと私を見ているだけだった。
ルチルは黒い唇で微笑み、指を鳴らす。
「誰か。ブランシュ様はもうお休みのようよ。お部屋まで送って差し上げて」
まるで女主人のように言った魔女の言葉に従い、黒い仮面をつけた従者が近づいてきて、「こちらへ」とくぐもった声で言い、出口を示す。
ギィ……と軋んだ音が立ち、真っ黒な晩餐室の出口が開く。
(こんなの……)
私は何とも言えない気持ちに駆られたまま、敗北するように晩餐室をあとにした。
**
結婚式の準備はつつがなく進み、私は貴族たちと懇意になるためにお茶会や舞踏会、晩餐会に参加し、演者たちまで黒い衣装に身を包んだオペラ、演劇を見に行く。
黒、黒、黒。
何もかもが黒。
持参してきたドレスを着る事は許されず、私までも黒いドレスを身に纏う事になった。
私を私たらしめているのは、輝くような白金の髪と金色の目のみ。
この国で過ごして分かったけれど、貴族たちが仮面を被っているのは、目の色や唇の赤すらも不敬となるので気遣っているのだとか。
その中で髪も目も剥き出しにしている私は、さぞ異端だろう。
目にする色が黒ばかりの上、さらに気が滅入る出来事があった。
夫となる人だからとノワールと一緒にお茶や食事をしても、私たちの側には常にルチアがいる。
そして自分こそがノワールの妻だといわんばかりに、私の前で彼といちゃついてみせるのだ。
……殺意が芽生えそうなほど、腹が立つ!
でも彼女は国を守護する魔女だし、私はこの国に来たばかりだし……と自分に言い聞かせ、可能な限り我慢していた。
けれど、その努力が水泡に帰す出来事が起こった。
**
ノワールは常に具合が悪そうにしていたけれど、実際あまり体調が良くないらしかった。
夫婦になる二人として一緒にやらないとならない事が多々あるのに、彼は体調を崩して休む日がたびたびあった。
だからお見舞いとして彼の寝室を訪れたのだけれど――。
持っていた黒い果物が、ぼとりと落ちて床の上に転がる。
「……どうしてあなたがここにいるの」
真っ黒な国王の寝室には、異様なほど白い肌を晒したルチアがいた。
それも、私の夫となる人のベッドの上に!
ノワールは苦しそうに眉間に皺を寄せて眠っていて、全裸のルチアはその上に四つん這いになっていた。
その姿を見て、私の頭の中で何かがブチリと切れた。
「あなたはただの魔女でしょう! なぜ私の婚約者の寝室で、裸になっているの!?」
大きな声を上げた私を見て、ルチアは焦るでもなく悠然と笑って白い髪を掻き上げた。
「まぁ、王妃となられる女性が、そんな声を上げてはいけません。はしたないわ」
「今すぐここから出ていって!」
怒りに燃えた私は、ビシッと扉を指さす。
けれど魔女は黒い唇で、腹の立つ笑みを浮かべるのみだ。
そして銀色の目に挑発する色を宿して言う。
「わたくしのほうがノワールを想っているわ」
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