エンドロールの向こうで。

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 僕はアルバムを片手に、ビデオテープをはじめから再生する。  登場人物の顔とアルバムの写真を見比べて、そこに映るのが皆クラスメイトであることを改めて確認していった。  そして、教室のカットのクラスの掲示物や、一瞬映る出席簿。荒く潰れる文字の隅々まで確認した。ここまで来るともはや意地である。  しかし結局『波佐間霧花』についての手がかりはなく、諦めかけた時だった。  ふと、演者がカメラマンに向けて度々声をかける際の違和感に気付く。 「……カメラマン、父さんなんだよな?」  最初こそカメラマンも役の一人かと思っていた。そして、カメラマンを通して観客に訴えかけているのかとも思った。  しかしそれにしては、随分と目線が低いのだ。  父は背も高く、先程アルバムで見た集合写真でも一際目立っていた。それにも関わらず、カメラの位置がやけに低い。  そりゃあ画角に拘った結果だと言えばそれまでだが、それにしたってその目線は、女子の平均よりも少し低い位置に固定されていたのだ。度々感じた違和感はそれかとようやく納得した。  普通に話していたとして、男子の顔を映す時には一々見上げる角度になるのだ。  それは物語の中にいるカメラマン、あるいは観客が背の低い女の子であるような感覚。 「もしかして……『波佐間霧花』の目線なのか?」  役割のない名前、それは本来名もなき観客に該当するからなのではないか。  そこまで考えた所で、不意に叔母と一緒に一階を片付けていた母がやって来た。 「ちょっと、吟。ちゃんと片付け進んでるの? ……って、あら懐かしい。高校のアルバムじゃない」 「……母さん、高校時代のことって覚えてる?」 「何よ、当たり前じゃない。お父さんはこの頃から背が高くて素敵でね……」  父が亡くなったショックで認知症が進んだ母は、それでも青春時代を忘れてはいないようだった。  それならと、僕は先程浮かんだ心当たりを聞いてみる。 「ねえ、父さんのクラスにさ『波佐間霧花』って背の低い女の子居なかった?」 「……キリちゃん?」 「知ってるの?」 「キリちゃんはねぇ……可哀想にねぇ……」  父の死後、辛さを忘れようとしてか泣くことさえあまりなくなった母の目に、じわりと涙が滲む。  母の話によると『波佐間霧花』は高校一、二年生の頃、父と母のクラスメイトで、仲も良かったらしい。  母よりも背が低く、色白の可愛らしい女の子。そんな彼女は二年生の時持病の悪化で入院し、三年生になってからは登校することなく、そのまま亡くなってしまったのだという。  そのため卒業アルバムには、どのクラスにも名前は載らずにいたのだ。 「キリちゃんもね、同じ学校の仲間だったのよ……なのに名前も写真もなくて……何にも残ってない」 「……そんなことない」 「え……?」  きっと、これは三年二組の仲間になるはずだった波佐間霧花のための映画なのだ。  切り取られた日常は、入院して通えなくても彼女も同じ日々の中に居るのだと伝えたかったのだろう。  だから、カメラは彼女の目線の高さで、クラスメイトは度々彼女に声をかける。  そして、エンドロールの中に名前を並べた。卒業アルバムに残らずとも、確かにここに居るはずだった仲間として。  彼女の過ごすはずだった日々は、クラスメイト全員の想いを以て、確かにここに残っている。 「何にも残ってないわけじゃないよ……」  父も旅立ち、ここに名を連ねる人達も遠からず、波佐間霧花と同じ場所へと行くのだろう。  空の向こうで、彼女達が映画の続きの穏やかで愛しい日々を過ごせていることを祈って。  僕は再びエンドロールに辿り着いた黒い画面の向こうに、確かにここに生きていたその姿を思い浮かべた。
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