エンドロールの向こうで。

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 昔から、映画のエンドロールが好きだった。物語が終わり、世界が終わったような真っ黒な画面に白く浮かび流れる、物語に命を吹き込んだ人々の名前。  エンドロールに並ぶたくさんの人達の尽力があってこそ、今しがた没頭していた素晴らしい世界が存在しているのだ。  つまり、それこそが映画の真髄だと思っていたから、映画の本編終わりに早々に席を立つ人達の気持ちもわからなかった。  先週初デートで彼女と別れた理由がまさにそれだった。  そんなある日、久しぶりに実家に戻り父の遺品整理を手伝っている時に、書斎の押し入れの奥から一本の埃にまみれたビデオテープを見付けた。  ラベルに書かれたタイトルは、ただ『映画』と書かれていて要領を得ない。  興味をひかれた僕は、埃を丁寧に取り除き、父の部屋に遺された古いデッキで再生してみることにした。 「へえ、案外動くもんだな……」  電源を入れるとたどたどしい起動音がして、テープを差し込むとがちゃんと大きな音が響く。  しばらくして荒い画質で映し出されたそれは、自費製作なのだろう。拙い撮影技術と、素人感丸出しの少しずれた構図。内容も何が言いたいのかわからない、物語とも言えないただの日常を映し出しているようだった。  昼食後の満腹感と倦怠感に身を任せ転た寝する退屈な授業、時折教師の目を盗み手紙を回して笑い合う女子の指先、放課後運動部の声が響くグラウンド、下校中の寄り道や買い食い、お揃いの制服のスカートが風に揺れて、日が暮れた道路に並び歩く影、少し見上げる形になる男子の横顔、そんな高校生のありふれた日常風景だ。 「……ん?」  ふと、カメラマンは登場人物の一人なのか、はたまた演者の集中力の問題か、よく被写体たちが不自然にカメラに目線を向けてくるし、たまに談笑の流れで声をかけてくるのに気付いた。  それでも、カメラマンの名前を呼ぶでもなく、それはいっそカメラマンを通じて見ている観客に呼び掛けているような感覚で、つい没頭して最後まで観てしまった。  ありふれた、けれど懐かしさを感じる学生生活の欠片。物語なんてない、起承転結すらない。ただ平坦な日々を記録した映像のような、いうなれば青春の備忘録だ。  大人になってから久しく感じることもなかった空気感を閉じ込めた作品を気付けば最後まで堪能し、僕は深く息を吐く。  そして、画面が黒く切り替わり、しばらくして静かな音楽と文字が流れ始めた。 「あ……父さんは総監督兼カメラマンだったのか……大役だな」  映像終わりにきちんと作り込まれている黒背景に白い文字の流れるエンドロールは、監督のこだわりだろう。このあたりに血筋を感じる。  画質の悪さから文字が読みにくいものも多いが、クラスメイト全員が参加したのであろう数十人分の名前に目を向けて、スタイリストやら音響やら、本格的に役割分担をしていたことに感嘆する。そんな中にあった、ただひとつの違和感。 『波佐間霧花』  その名前はエンドロールにおいて唯一何の役職もなく、ただ名前だけがクレジットされていた。  全員が役割分担して作ったであろうその中で、その名前だけがやけに異質だ。そして『波佐間霧花』という名前を最後にクレジットは全て流れ終わり、しばらく真っ暗な画面を映して、ビデオテープは停止した。  いい映像だった。それ故に、何の役割も持たず最後に名を残す『波佐間霧花』という存在がやけに気になってしまい、僕は父の学生時代の卒業アルバムを探すことにした。  今回の遺品整理は基本的にすべて処分するつもりだったのに、とんだ回り道だ。それでも、好奇心は止められなかった。  やがてビデオテープを発見した周辺で、中学高校の卒業アルバムを見付けた。映像に映っていた制服はセーラー服だったから、きっと高校だろう。  分厚い高校の卒業アルバムは、やはり埃っぽい。くしゃみをしながら卒業生個別の名前と写真が載っているページを一つ一つ確認していくと、すぐに父の名前を見付けた。  自分より年下の父の姿を見るのは、なんとも不思議な感覚だった。旧姓の母は隣のページに載っており、そういえば同じ高校だったのだと昔何かの折に聞いたことがある馴れ初めを思い出した。 「二人とも、若いな……あとで母さんにも見せてやるか」  三年二組、父のクラスメイトの名前を確認していくと、先程エンドロールで流し見た名前をいくつか見付けた。さすがにすべて覚えているわけではないものの、恐らくこのクラス全員の名前があそこにあったのだろう。  しかし、肝心の『波佐間霧花』の名前は、クラスメイトの誰とも該当しなかった。  字の見間違えとか画質の荒さから似た字と勘違いしたとかいろいろな想定をしてみるけれど、そもそもそれらしき名前がなかったのだ。 「……おかしいな。『波佐間霧花』は、クラスメイトじゃない……?」  不思議に思った僕は、他のクラスの個別写真も確認していく。  三年一組、母のクラスにもそれらしい名前はなく、三組、四組と確認してみたけれど、結果は同じだった。  もしかすると教員だろうかと教員名簿を確認しても、『波佐間霧花』の名前を見付けることは出来なかった。 「……じゃあ、一体誰なんだ」
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