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夏の日、私はとあるアパートの陰で座り込んでいた。
座っているだけで汗が噴き出す気温と響き渡るセミの鳴き声は、何者かから私への拷問・尋問の類にも感じられた。
滴る汗を袖で拭いながら、私は自問自答を繰り返す。
私はここへ何をしに来たのか?
彼に会いにきた。
会ってどうするのか?
分からない。
なぜ来たのか?
予感がした。
何の予感か?
彼は、もうすぐ……。
その答えの先を紡ぐことのできない自分を、私は褒めてあげたかった。
正気を失わないためのギリギリの理性を保つ自分を。
心に押し寄せる洪水のような感情を、涙に変えて受け入れることができる自分を。
突然、私の耳に金属が擦れあう音が響いてハッとする。
立ち上がって103号室のドアに目をやると、ちょうど彼が出てくるところだった。
「あれ?」
「何してるんですか?先生」
私の姿を見つけた彼の様子は、いつもと変わらないように見えた。
「どこに、行くんだ?来人」
「……」
私の顔は汗と涙でまみれていた。
その横を彼は無言で通り抜けようとする。
「おい!」
「人を、待たせているんです」
「大事な人を」
声を荒げる私に彼は淡々と力強い口調で言葉を返した。
行くな、と私はそう言わなければならなかった。
言えなかった。
彼をこうしたのは、追い詰めたのは他でも無い私なのだから。
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