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「そして、彼の肉体はそれを追って死んだ」
「以上が私の知っている事件の顛末です」
「先生、私は今日刑事としてここに来ています」
長い沈黙の後、私は努めて無機質に話した。
「あなたの話の中で私が確認しなければならない点は一つだけ」
「『治療』の結果、彼が自殺する可能性はあると思っていましたか?」
「……私は彼の主治医です」
彼はそう言って椅子から立ち上がる。
「そろそろ、おいとま願えますか?」
「午後からの患者さんが来ますので」
「先生……」
「あとはこの手記を読んであげてください」
「他でもない来人のために」
彼の最後の言葉は、小さく震えていた。
***
これは、あの日中学校の階段で足を踏み外して僕の身体が宙に浮いた瞬間、その長い一瞬の続きにあたる記憶です。
目を覚ますと、僕の視界には遠近感のない白が広がっていました。
上半身を起こして最初に感じたのは、空気の異様な粘度でした。
まとわりつくような冷たい空気が体を覆い、思わず体を縮ませます。
それと同時に自分の腕や足を目撃し、僕は息を呑みました。
今、確かに力を込めている手足が見えなかったのです。
正確には、うっすらとした半透明の輪郭だけが浮かび上がっていました。
「気分はどうだい?」
恐怖とも好奇心ともつかない不思議な高揚の中にいた私の耳に、甲高い声が響きました。
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