腹黒

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黒豆、黒胡麻、黒酢、黒砂糖、黒ニンニク、海苔、ワカメ、ひじき、キクラゲ、レーズン、プルーン……等々。 黒い食べ物はとても体に良いんです。 これらに含まれる豊富なビタミン・ミネラルに加え、抗酸化作用を持つアントシアニンが健康で美しい体を維持してくれます。 だが、忙しい現代社会において、こんなにたくさんの食材を毎日料理に取り入れるのは大変。 そこで、便利なのがサプリメント。 我が社で独自に研究開発した『珠玉の黒』は、たった一粒で、これらの食材に含まれる栄養素を効率よく摂取することができるんです。 1日分のビタミン・ミネラルに加えて各種美容成分もたっぷり。 更に、癌の予防にダイエット効果も期待できる珠玉の一粒です。 「……なんてな。俺も慣れたもんだよなあ」 健康食品の製造・販売を行う『咲姫社(さきひめしゃ)』に転職して早10年。 入りたての頃は、健康食品を売り込む言葉を上手く口にすることが出来なかった。 あまりにも馬鹿馬鹿しくて。 誰がこんな謳い文句に引っ掛かるんだ? と疑問しかなかった。 コンビニの店舗跡などを利用したスペースで人を集めて、様々な健康食品を宣伝しては売り捌く。 あれはちょっと異質な空間だ。 健康アドバイザーとかいう適当な肩書きをぶら下げた社員が、商品の良さをこれでもかと煽る煽る。 その様は、まるでちょっとした地下アイドルのライブのようだ。 すると客たちもテンションが上がるのか、皆んなこぞって商品を買い漁ってくれる。 中性脂肪を減らすお茶、塗れば若返るクリーム、あらゆる痛みを取り除くドリンク、そして現在我が社が全力で推している万能サプリ『珠玉の黒』。 どれもこれも決して安くはないのだが、客は喜んで金を払う。 この閉鎖空間と異様な熱気が客をその気にさせてしまうのだろう。 たった1日のイベントで何百万円ものお金が動くのだから、狂った業界だと思う。 この会社に入って初めてイベントに参加した時の戸惑いは今でも忘れられない。 今でこそ慣れたが、最初に商品を売った時には「こんなんで本当に売れるのか?」と半信半疑だった。 それに何より、えも言われぬ罪悪感が付き纏っていた。 健康食品として売っている商品の謳い文句の殆ど全てが嘘であることを知っていたから。 別に体に悪いものではないが、特別良いものでもない。 だが、客は効果を期待して高い金を払う。 中には効果を実感したという者もいたが、それはプラシーボ効果というやつだろう。 そうして、商品を売り上げれば売り上げるほどに会社は潤い、俺の給料は上がっていった。 お陰で俺は妻と2人の子供を養えるぐらいの給料を貰えるまでになった。 今では、心にもない謳い文句を掲げて笑顔で営業ができるようになった。 腹黒い人間になった、と自覚はしている。 だが仕方ない。これも生きる為。家族を養う為なのだ。 万能サプリ『珠玉の黒』を売る為に、今日も俺は客前に立つ。 「お前、最近少し太ったんじゃないか?」 「え? そうですか?」 「『珠玉の黒』はダイエット効果を特に意識して売ってるんだから、  営業担当がそのザマでは困るんだよ。次のイベントまでに体を絞ってこいよ」 「は、はい」 「ああ、そうだ。お前が自分の体で『珠玉の黒』を試してみれば良いんだ」 「え?」 「それで、このサプリのお陰で痩せて健康になったってアピールしろよ」 「えぇ……」 ある日のこと、俺は上司に『珠玉の黒』の在庫を押し付けられた。 確かに、年齢的なこともあって最近だらしない体になってきてるとは思っていた。 (こんなのが本当に効くとは思えないけど。  まあ、悪いものが入っているわけではないし、気休めにでも飲んでみるか) 少しでも痩せたりなんかしたら、俺の営業トークに説得力が増すわけで、悪い話ではない。 そんなわけで、俺は『珠玉の黒』を自分でも飲むようになった。 1ヶ月ほど経った頃、俺は自分の見た目の変化に気付いた。 (あれ? 少し痩せてる?) 鏡に写った自分の顔が、以前よりもシュッとしているような気がした。 気の所為ではない。鏡に写る自分をじっくりと観察して、俺は確信した。 体重計に乗ってみると、3キロほど軽くなっていた。 (まさか……本当に効果のある代物だったのか?) まだ半信半疑だったが、俺はしばらく『珠玉の黒』の摂取を続けることにした。 「お前、最近雰囲気変わったな。何かやってんのか?」 「何って、そりゃあ『珠玉の黒』ですよ。  あれを飲むようになってから調子が良いみたいで」 「おいおい、マジで言ってんのか?」 「はい。実際、特別なこともしてないのに痩せたんですよ」 「へえ。うちの会社、案外まともに効果のあるもんも作ってたのか」 「とにかく、この調子で頑張っていきますよ」 「おう、頼むぞ」 俺は自信を持って『珠玉の黒』を宣伝するようになった。 自分自身がこのサプリの効果を実感していることをアピールした。 自分の写真のビフォーアフターまで作って、説得力を増した。 結果、その評判が口コミで広がっていき『珠玉の黒』は飛ぶように売れた。 俺の社内での評価は鰻登りになり、半年後には臨時ボーナスまでもらった。 そうやって働きづめの日々が祟ったのか、年末年始を控えたある日、俺は倒れた。 過労による貧血だろう。少し休めば大丈夫。 それぐらいに思っていた。 だが…… 「癌?」 医師から告げられた病名に驚きを隠せない。 「はい。大腸癌です」 「そんな……」 「他に転移は認められなかったので、早急に手術をして取り除くことをお勧めします」 「癌……手術……」 突如として目の前に突きつけられた現実に、俺は言葉を失う。 ここ半年で俺の体が痩せたのは『珠玉の黒』の効果なんかではなかった。 あれは万能のサプリなんかではなかった。 癌予防の効果なんてのも真っ赤な嘘だった。いや、真っ黒な嘘だった。 (なんてこった) 俺は『珠玉の黒』を売る為の広告塔のような存在にまでなっていた。 そんな俺が癌で倒れただなんて会社に知れたら……終わりだ。何もかも。 これまで得た地位も名誉も台無しだ。 『珠玉の黒』の評判は地に落ち、碌に売れなくなるだろう。 そうなれば会社は大損だ。これは大変だ。 (待てよ……) 確か、転移はしてないと医者が言っていた。 ならば、さっさと手術で癌を切り取ってしまえば事は解決する。 それを『珠玉の黒』の効果で癌が治ったとでも言えば更なる宣伝になる。 素晴らしい。完璧だ。 考えがまとまった俺は、顔を上げた。 「先生、一日も早く手術をお願いします」 「そうですね。それが良いでしょう」 顔を上げてきっぱりと言い切った俺を見て、医者はうんうんと頷く。 きっと、彼の目には俺の姿が“前向きに治療に取り組む患者”として映っているのだろう。 だが、その実態は…… (これで『珠玉の黒』の売り上げはますます伸びるぞ) こんな状況でも、俺の頭の中は仕事のことでいっぱいだった。 (俺の地位と名誉は更に高まるんだ!) 歪な希望に胸を躍らせ、口元には笑みを浮かべる。 どうやら俺は、名実ともに腹の黒い人間になったようだ。
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