記憶

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カップルのお酒を作り終わり、少し手の空いたマスター。 東郷さんも私の前に来るよう手招きをし、2人ともが私の前に立つ。 「実は昨日、聖華ちゃんを連れて帰ったのは和孝くんなんだ。僕よりも、彼にお礼を」 マスターが東郷さんの背中を軽く叩くと、彼は浅く一礼をした。 「と、東郷さん。ありがとうございました」 「マスターに頼まれただけですから…」 そう言ってまた一礼をする。 東郷さんが連れて帰ってくれた。 ……ということは。 「あ、あの。ホテルの料金をお支払いして下さったのも…東郷さんということですか…?」 椅子から立ち、カウンターにのしかかって東郷さんの顔を見る。 それを聞いて先に声を上げたのは…マスターだった。 「和孝くん、そうなの? 君…なかなかやるねぇ…」 「いえ、別に……」 少し俯いて頬を掻く東郷さん。 私はそんな彼の前に行き、札束の入った封筒を差し出す。 「あの、ホテル代です。本当にありがとうございました…受け取って下さい」 東郷さんは少し目を見開いた後、ゆっくりと首を横に振る。 「…受け取れません」 「で、でも…」 食い下がるように東郷さんの瞳を見つめると、彼は小さく溜息をついた。 「現金は受け取れません。ただ、どうしてもお礼と言うのなら。…今日この後、少しお話しませんか」 「…え?」 「疚しい意味はありません。お話がしたいだけです」 唐突な提案にびっくりした…。 思わずマスターの顔を見る。 少し微笑みながら、小さく何度も頷いていた。 けれどまぁ、断る理由も特に無いし…。 「…分かりました」 東郷さんの提案を受け入れた。 しかし…東郷さんとお話って何を話したら良いのだろう。 そんな思いに駆られながら、東郷さんの仕事が終わる翌1時まで待機した。 勿論、今日はお酒を飲まずに…。
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