本業

1/4

202人が本棚に入れています
本棚に追加
/44ページ

本業

数日後、東郷さんが出勤しているタイミングを狙って、再びバーに向かった。  カラン… 「いらっしゃい…あら、聖華ちゃん」 「…西野さん、いらっしゃいませ…」 静かな店内。 今日はスーツを着た紳士が1人、角でお酒を嗜んでいた。 「…西野さん、報告も無くお休みをしてしまい、申し訳ございませんでした…」 「あ、いえ…」 いつもと同じ、マスターの真ん前に座る。 東郷さんは謝罪をしながら頭を下げていた。 「今日こそ、ご連絡先を教えて下さい」 「はい…こちらこそ…。あの、悪いと思っていませんから…頭を上げて下さい」 その言葉に東郷さんは頭を上げ、優しく微笑む。 「西野さん…今日は俺が、貴女への1杯を作らせて頂きます」 「…はい、お願いします…」 マスターは角に居るスーツの紳士の元へ行き、注文を聞いていた。 静かに流れる空気…。 私の意識は自然と東郷さんの方に向き、自ずと心拍数を上げる。 切れ長で凛々しい瞳に、吸い込まれていきそうな感覚を覚えた。 「…西野さん、お待たせ致しました」 「ありがとうございます」 私の前に差し出される、橙黄色のお酒。 グラスの縁に刺さっているオレンジが可愛くて、思わず見入ってしまう。 「こちらは、サイドカーでございます。ブランデーの香りと、柑橘類の酸味が合わさる様をお楽しみ下さい」 少しだけ頬を染めた、東郷さん。 醸し出される色気が強くて…つい視線を逸らしてしまう。 「…因みに、聖華ちゃん。そちらのカクテル言葉は…『いつもふたりで』だよ…」 「…………マスター、言わないで下さい」 マスターの一言に、更に頬の赤みが増した東郷さん。 何だか私自身も、頬が熱くなっていく感覚がした。 目の前に置かれたグラスを手に取り、少し口に含む。 東郷さんの言う通り、鼻に抜けるブランデーの香りと…柑橘類の仄かな酸味、そして爽やかさ…。 「…東郷さん、美味しいです」 マスターの作るお酒に負けないくらい、美味しかった。
/44ページ

最初のコメントを投稿しよう!

202人が本棚に入れています
本棚に追加