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涙でぐちゃぐちゃな顔の私は、駅から少し離れた場所にあるバーに向かった。 隠家BAR『lie(ライ)』 光莉さんと出会う前、毎日通っていたバーだ。 お見合いをしてからここに来ることも無くなっていたから、本当に久しぶり。 マスター、元気にしているかな…。  カラン… 音を立て開くドア。 営業時間前のその店は、ひっそりと静まり返っていた。 「あ、お客様…。まだ営業前でございま……あ、え? 聖華ちゃん?」 「マスター、お久しぶりです…」 マスターの杉原(すぎはら)恭寿(きょうじゅ)さん。 大人な雰囲気の漂う杉原さんには『イケおじ』という言葉が良く似合う紳士。 隣には見たことの無い人が立っていた。 若そうな見た目をしているが、私よりは年上かな…。 少しウェーブの掛かった艶のある黒髪に、切れ長の目。 初めて見るその人は、私の顔を見て一瞬だけ目を見開いた。 しかしすぐに視線をグラスに戻し、何事も無かったかのように作業を継続させる。 「聖華ちゃん、どうぞお掛け下さい。」 「失礼します」 マスターの真ん前に座り、小さく溜息をつく。 久しぶりに来たこのお店。 やっぱり、落ち着く。 「いつもので良い?」 「あ、いえ。営業時間前なので…お構いなく」 「いいの、聖華ちゃんだから」 最後にここへ来たのは…2年前かな。 それでも私の好きな物を覚えてくれているマスター。 いつもの、という言葉に深く感動した。 「聖華ちゃん、お見合いするからもう来れないって言っていたよね。…そのお顔を見た感じ、何も聞かない方が良いかな」 「…ううん、マスターが聞いてくれるなら。お話させて下さい」 「僕はいくらでも聞くよ。今日はゆっくりしていって…」 私の前に差し出される、透き通った琥珀色の飲み物。 私の好きな…モスコミュールだ。 「ありがとうございます、マスター…」 グラスを手に取り、口を付ける。 ジンジャーとライムの爽やかな味わいが口いっぱいに広がった。 久しぶり。 マスターが作ったモスコミュール。 懐かしい味を感じ、止まったと思っていた涙は再び溢れ出す。 次第に嗚咽まで漏れ始め、涙は止まる気配が無い。
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