SIDE:セレン

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「そうそう、愛流くん。最近キューバに移り住んだじゃない? 早速向こうでソロコンサートをやるっていうから、最初くらいは見てやらないとって突然出て行ったのよ。あの人、好きなミュージシャンはとことん追いかける質だから。セレンくん、その辺りよく知ってるでしょ?」 「事務所はどうなってるんですか。最近会長になって経営から退いたって言ってたけど、急にいなくなって大丈夫なんですか?」  楓は紫煙をくゆらせながら、唇に人差し指をあてた。  周りをぐるりと見渡し、セレンに顔を近付ける。    「セレンくん、声が大きいわよ。マスターが業界最大手の音楽事務所の会長だってことは皆には内緒にしてるんだから。あくまでもここは彼の趣味の場だからね、皆が公平に音楽を楽しめるようにって。カツラを被ったり眼鏡をかけたりして変装までしてる彼の努力を無駄にしないでよ」 「すみません」 「そういえば、セレンくんがうちの事務所に入ってくれたらってずっと嘆いてるけど。あなたのベースに惚れ込んでるみたいでね。彼が直接スカウトするってなかなかないのよ」 「おれはどこにも入る気はないです。それに早く拠点をロサンゼルスに移したいし」 「まぁ、そうね。セレンくんは海外のほうが向いてるかも」  何かを考えるような表情を浮かべた楓は、カウンター下にある灰皿にタバコの灰を落とした。  がっかりしたマスターの顔でも思い浮かべているんだろうと察したセレンは、カクテルに沈むオリーブを眺めながら頬杖をつく。  マスターには16歳の時からお世話になっているものの、音楽事務所に所属するなんてセレンには考えられなかった。  縛られるなんて絶対に嫌だ。  フリーで活動をしている分、手間のかかる仕事は増えるけど自分のやることくらいは自分で決めたい。  それに、日本で必要なキャリアを積んだ後、一刻も早くロサンゼルスに移って本場の音楽に触れたい。  あちらには化け物級の一流ミュージシャンがゴロゴロいる。  そんな環境で、自らの実力を試すのがセレンの夢であり目標だった。  
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