SIDE:セレン

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「そうだ! 先に自己紹介しときますね。わたし高園いろ巴って言います。セレンさん、ですよね?」 「うん」 「いやぁ、今日初めて上級者向けのセッションに来たんですけど、すんごいですね。レベルが高くて! さっきセレンさんの演奏を聴いて感動しましたよ。来て良かったなぁ〜って本当に思いました。今日のために色々頑張ってきて良かったです。セレンさんの演奏を聞いたら、なんか全部報われた気がして。あ、それより楓さん、そのピザ美味しそうですね」 「え、ありがとう。新作なの」 「ピザ……」  呆気に取られるセレンの前で、いろ巴はオレンジジュースをぐびぐびと勢いよく飲み始めた。 「はぁ、美味しい! 空きっ腹にはやっぱりオレンジジュースですよね」  謎のドヤ顔を決め込んだいろ巴は、ジュースが半分くらいの量になったグラスを頬の横で軽く振った。  突っ込みたいことは山ほどある。  けれど、関われば絶対に面倒くさいことになるのは分かりきっているし、これ以上無駄な時間は過ごしたくない。  しばらく考えた後、セレンはこのまま無言でいることに決めた。  静かにグラスを置き、頬杖をつく。 「ねぇ、セレンさん」 「……」 「ねぇねぇ、セレンさん」 「……」  いろ巴はバースツールから立ち上がると、セレンの耳元近くまで顔を寄せた。 「セーーレーーンさーーーん!」 「うるせぇな!」 「なんだ、聞こえてたんですね」  少し仰け反りながら隣に目をやると、いろ巴は明るい笑みを浮かべている。  自分が無視をされているなんて微塵も思っていないらしい。  きっと、セレンがいくら逃げようとしても構わず追いかけてくるつもりだろう。  やばいくらい面倒くさいタイプの女に絡まれた―――はずなのに、のほほんとした表情を見ているとこれ以上いい加減にあしらう気にもなれない。  いろ巴はペラペラの白いトートバッグから、絆創膏を1枚取り出した。 「セレンさん、爪が割れてますよ。これ置いときますね」 「は」 「わたし、順番回ってきたみたいなんで演奏いってきます」  いろ巴はバーカウンターに絆創膏を置き、足早にステージに向かって行った。  手を広げてみると小指の爪が割れ、うっすらと血が滲んでいる。  いろ巴に言われるまでまったく気が付かなかった。   「何なんだよ、あいつ……」  セレンはバーカウンターに置かれた絆創膏を手に取り、慌ただしくステージに上がるいろ巴の後ろ姿を見やった。
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