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「それでは聴いてください、Let it be」
「セッションだから曲紹介はしないんだよ。自分のライブじゃないんだから」
「そうだった! すみません」
いろ巴は、ステージの中央に置かれた赤いキーボードの前で恥ずかしそうに頬を押さえた。
後ろにいるベーシストの男にお辞儀をする。
と、次の瞬間きちんと並べてあった譜面台が3台ともドミノ倒しのように派手に倒れた。
「頭に当たっちゃった、すみません」
「頼むよ」
ベーシストがやれやれと顔を覆う。
上級者向けのセッションライブにド素人が混じっている、とライブハウス内がざわつき始めた時だった。
丸みを帯びた深みのあるエレクトリックピアノの音が、ブルージーな反復音を奏でる。
イントロのピアノソロが高音から低音に向かって滑らかに下りていくと、スモーキーで柔らかい歌声がゆったりとマイクに乗った。
原曲はロックだけど、かなりジャズに寄ったアレンジだ。
ワンコーラスを歌い終えたと同時に、ギターとドラムがいろ巴の作るノスタルジックなムードを崩さないよう、音のニュアンスや音量を調節しながら慎重に入る。
客席はしんと静まり返っていた。
意外性と耳障りの良さが光る演奏の連続。
一秒後はどんな心地のいいメロディが流れてくるのかと、皆が夢中になって聴いている。
スポットライトがステージを明るく照らすと、それぞれの楽器の即興演奏が順番に始まった。
「いろ巴ちゃん、凄くいいでしょ」
楓にこっそりと話しかけられ、セレンはステージから目を離すことなく何度か頷いた。
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