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―――綺麗だ。
セレンはいつの間にか、いろ巴に見入っていたことに気が付いた。
バーカウンターを挟んだ向こう側から軽快な笑い声が聞こえてくる。
「セレンくんのそんな顔、初めて見たなあ」
「うるさい」
いろ巴の演奏が終わると、客席から大きな拍手と歓声が沸き起こった。
演奏前の不穏な空気はどこにもない。
客席はいろ巴にありったけの賛辞を送り、ライブハウス内は和やかな雰囲気で包まれた。
いろ巴は満面の笑みで「ありがとうございます!」と客席に向かって叫んだ後、深々とお辞儀をしてからステージを下りた。
バーカウンターに座るセレンの姿を見るなり、目を輝かせて走ってくる。
まるで飼い主を見つけた犬のような喜び方で、セレンは思わず笑いそうになった。
ステージの上で見せていた独特な色香は消え、隣に座っていた時のいろ巴にすっかり戻っている。
「あの」
何の前触れもなく、黒い背中が二人の間を遮った。
さっきのベーシストだ。
「君、やってることがちょっと古いと思うよ。イントロがしつこいからもうちょっとあっさり入ったらいいと思うし、使ってるコードも野暮ったいというか。歌もだらっとしてるから、盛り上がるように高い音とか使って声を明るくしたらどう?」
「はい……」
いろ巴の顔は見えないものの、聞こえてくる声には張りがなく元気がない。
「セッションになれてないからかもしれないけど、やっぱり客席を盛り上げないとさ」
「分かりました。力不足ですみません」
「次からはちゃんとやってよ。大体、セッションなのに何であんな寂しい感じのアレンジにしたの? 楽器が全然目立たないし」
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