SIDE:セレン

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「すみません。やってみたくて……」 「だめだめ。普通はやる前から分かることだから」  どうやらいろ巴は、的の外れまくった意見を真剣に聞いているらしい。  自尊心が高く偏見だらけのミュージシャンが、才能のある若手を潰そうとする場面は腐るほど見てきたけど、なぜか今日は放っておけなかった。  セレンは静かに席を立つと、いろ巴とベーシストの間に入った。  周りの席に座っていた客達が一斉にざわつく。 「そうやって若手潰して楽しい?」 「へ?」  傍から見ると意外な光景だったんだろう。  セレンが腕を組みながら黙って見下ろすと、中年のベーシストの男が口をパクパクとさせた。 「セ、セレンさん? どうして? 二人にはどういう繋がりが……」 「偉そうに説教するなら、演奏する時くらい空気読めよ」 「え、いや……だって」 「こいつのやりたいこと全然分かってねぇじゃん。ベテランぶってるだけで、ベースはめちゃくちゃうるさかった」  目の前のベーシストの男は固まって動けなくなった。  周りから「セレンさんがかばってる」「めずらしいやばい」「あのベーシスト死んだ」と聞こえてきたけど、セレンは気にすることなく振り返った。  不安げだったいろ巴の顔が、みるみるうちに明るくなっていく。 「セレンさん、助けてくれてありがとうございます。ホッとしました」 「助けたつもりは全然ないけど。変なやつに絡まれたら、言い返すなり受け流すなり何かすれば?」 「いえ、これも一つの意見だからちゃんと聞かないとと思ってたんですけど……正直、耳が痛くなることばかりで」 「あほか。相手の言葉にどんな意図があるのかちゃんと考えろよ」  セレンが眉を寄せると、いろ巴は関心したように深く頷いた。  「なるほど……」 「何?」 「確かにセレンさんの言う通りだと思います。わたし、分かってませんでした。これからはちゃんと気を付けます。演奏も自信持って頑張りますね。ありがとうございます」 「ふぅん」 「それに、わたし勘違いしてました。セレンさんって、もっとクールな人なのかなって思ってたんです。凄く優しいんですね」 「は」  言葉を失ったセレンは、大きく目を見張った。  いろ巴を助けようとして動いたわけじゃない。  いつも見ていた光景が、今日は何となく気に入らなかっただけだ。  けれど目の前でいろ巴が嬉しそうに微笑んでいるのを見ていると、どうしてか否定する気持ちにはなれなかった。   「なんか調子が狂うな」 「え?」 「何でもない」 「そうですか」  不思議そうに首を傾げるいろ巴を後目に、セレンは無言でバーカウンターに戻った。
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