SIDE:セレン

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 バーカウンターに腰を下ろしたセレンに続き、いろ巴も隣に座ると、その場で一気にオレンジジュースを飲み干した。  シンクで洗い物をする楓の前に、コン、と元気な音を立ててグラスを置く。 「あぁ美味しかった! 楓さんごちそうさま〜!」 「いろ巴ちゃん、お疲れさま。何か飲む?」 「いえ、そろそろ帰ります。時間も遅いし」   いろ巴はバースツールから立ち上がり、譜面やスマホなどをバッグに入れ始めた。  すぐにでも、「じゃあ」と帰りそうな雰囲気だ。  ここで別れたら、いろ巴が上級者向けのセッションにでも来ない限りもう会えないだろう。  けれど連絡先を聞いてきたり、お互いの仲を深めようと行動を起こしてくるような気配は微塵もない。  セレンは目の前で淡々と帰る準備を進める女を見つめた。  強引に話しかけてきた後、こちらが引き込まれるような演奏を見せつけてきたかと思えば、帰る時はもの凄くさっぱりしているなんて、一体どういうつもりなんだろうと疑問を抱く。  いや、疑問というよりも―――と考えたところで首を振った。  いろ巴の見た目から想像するに、きっとまだ17、8歳くらいだ。  年齢はそんなに離れていないとはいえ、社会人としての自らの立場を考えると、興味本位で気軽に近付いていい相手じゃない。   いずれまた会えたら、と自身に言い聞かせカクテルに手を伸ばす。   「帰んの?」 「はい! 今日はありがとうございました」 「門限?」 「いやさすがに20歳でそれはないですよ。一人暮らしだし、わたし」 「え、20歳? 同い年?」 「セレンさんもですか?」  二人で手を止め、お互いを見やる。   「年下だと思ってた」 「年上だと思ってた」  ははは、と明るく豪快に笑う楓の声が聞こえてくる。  いろ巴と同時にバーカウンターの奥を見やると、楓は洗い上がった食器を拭きながら肩を揺らしていた。   「短時間で随分仲良くなったのね、あなた達。そういえばさっき、明日の明け方まで荒れた天気になるってニュースで見たわよ。帰るなら今がいいかもね。終電ギリギリの時間だから、ちょっと急がなきゃだけど」 「分かりました〜! じゃあ、セレンさんも帰る?」  トートバッグを肩にかけたいろ巴は可愛らしく、こてんと首を傾げた。  今日は朝までライブハウスにいるつもりだった。  けれど、このままいろ巴とあっさり別れるのも気が進まない。 「帰るなら今のうちだと思うけど」 「セレンさんも帰ろ〜!」  いろ巴がにっこりと笑う。   迷ったセレンは、空っぽになったグラスに視線を投げて無言で頷いた。
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