SIDE:セレン

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   セレンは傘の手元をいろ巴に向けたものの、いろ巴は胸の前で両手を振った。   「だめだよ」 「何で?」 「セレンさん楽器背負ってるじゃん。わたしは濡れても拭いたらおしまいだけど、ベースはだめになっちゃうよ。気にしないでその傘使って。ボロいけどさ」  いろ巴の言った通り、受け取った傘は所々破けたり錆びついたりはしているけど、それはセレンにとってどうでもよかった。 「夜遅くに雨の中を一人で1時間も走るって……何考えてんだよ」 「もう。早くしないと電車なくなっちゃうよ。わたしは大丈夫だから」 「おまえ、誰にでもこうなの?」  いろ巴が不思議そうに眉を上げる。  意図せず嫉妬深い彼氏みたいなセリフを吐いてしまい、ばつが悪くなったセレンは目をそらした。 「おまえじゃないよ。わたし、いろ巴だよ。高園いろ巴! ちゃんと覚えてね。じゃあ」 「待てって」  懲りずに飛び出そうとするいろ巴の肩を、今度は優しく掴む。 「電車賃くらい出すから駅まで一緒に行こ」 「え、本当に? でも悪いよ」 「おれもこの傘借りるから、おあいこ」 「おあいこ……セレンさん面白いなあ。分かったよ、ありがとう。また次に会った時に返すね」 「いや」  それくらいやるよ、と言いかけてセレンは押し黙った。  いろ巴が下から顔を覗き込んでくる。  幼く見えていたはずの艶々とした瞳が雷光に照らされた途端、セレンの鼓動が跳ねた。 「セレンさん?」 「おれ達、次はいつ会えるか分かんないよ」 「次のセッションには絶対来るよ。そしたら会えるでしょ?」 「分かんない」  セッションには必ず来ているはずなのに、気が付けばそう答えていた。  いろ巴は何か考えているようだけど、またあの瞳に貫かれそうでそらした視線を戻すことができない。
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