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「いろ巴さんって普段はどこで演奏されているんですか?」
「レストランとか、幼稚園とかです。子どもの前で演奏することが多いです。大ヶ谷さんは、テレビの音楽番組でよくお見かけしますよ」
「僕のこと、知ってくれてたんだ。嬉しい。またどこかでいろ巴さんと演奏できたらなと思って。もし良かったら、連絡先を交換しませんか?」
「もちろんです、お願いします」
正に、これこそがセッションの醍醐味だ。
こうして音楽仲間が増えると仕事を紹介したり、してもらえたりして演奏する機会も必然的に増える。
とは言っても、今回は大ヶ谷さんの方が先輩だし売れっ子だから、わたしから仕事を紹介することはほぼない。
わたしは、今後入ってくる新しい仕事を楽しみにしながらスマホを握った。
「どうやって交換しましょうか?」
「じゃあ僕から……」
「お疲れ様です」
セレンの声が後ろから聞こえてくる。
振り返るより先に、セレンはわたしの背中に身体をぶつけるようにして隣に並んだ。
何だか怒られているような気分だ。
それに会話に割って入って来るなんてらしくない。
セレンはむすっとした顔で大ヶ谷さんを見下ろした。
「あ、お疲れ」
大ヶ谷さんもセレンを見上げて挨拶を返したものの、その声は冷淡でさっきまでの感じの良さは微塵もない。
「今日はいつもと違って楽しそうだね」
「そうですか」
「いろ巴さんがいるから?」
「大ヶ谷さんがそう思うなら、そうじゃないですか」
大ヶ谷さんはふん、と鼻をならして、わたしの方に向き直った。
「じゃあ、いろ巴さんから連絡先を送って貰えます?」
「わかりました」
連絡先の交換を終え、軽い挨拶をすませると大ヶ谷さんはそそくさと逃げるように去って行った。
「どうしたの? 何か怒ってる?」
「別に。あの人、気を付けろよ」
「何を?」
「色々と」
「色々って何よ」
「セレンさん、お疲れ様です!」
わたしの声に被せるように、今度は男の子のミュージシャン達が声をかけてきた。
5、6人の年下っぽい男の子達が目を輝かせて立っている。
セレンはわたしの質問には答えず、その子達の輪の中に入って会話を始めた。
一体、何に気を付ければいいんだろう。
疑問が残ったまま、その後もタイミングが合わずセレンに聞くことはできなかった。
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